青森県恐山を観光してみて~隠れた名所、見どころ沢山紹介してます!

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極楽と地獄と温泉と/青森県恐山

恐山といえば、イタコの口寄せで知られる霊場。古くから、死者との再会や対話を求める人がたどり着く場所だった。でも、今はパワースポットや霊的な占いができる場所としての名も上がり、年齢や嗜好を問わず、観光地としての人気も高まっている。

だが、どちらの目的や考えで訪れたとしても、恐山は恐山。そこに足を踏み入れた途端に誰もが、普通とは違う異世界を目にし、体感もする。

そんな恐山を訪れる時のポイントをご紹介しよう。

複数の顔を持つ恐山は活火山

恐山は活火山である。しかし、ドカンと石を噴き上げたり、煤煙を舞い上げたりしたのは1万年以上前のことで、現在はところどころで白い煙が立ち上がり、硫黄臭とガスをまき散らし、地面に熱を持ち、温泉を噴き出すという、小規模だが活発で継続的な活動を続けている。

恐山のおどろおどろしい外観は、この活火山としての活動が大きな影響を与えている。強力な火山性ガスや硫黄臭は、動植物を寄せ付けない。また、強い酸性のガスと水分の影響か、地面にある石ころも岩も、その多くが干からびたような白や奇妙な黄色や緑。カルデラ湖の水は水生植物が育ちにくい環境から、異常なほど澄んだグリーンブルーだ。

自然でありながら、自然の中で普段見かけない色合いに染まった恐山を、ある人は極楽に、またある人は地獄に見立ててきたのだ。

活火山としての恐山の副産物「温泉」

恐山周辺では複数の源泉から豊富な温泉が湧き出している。現在営業しているのは、恐山菩提寺の恐山温泉の4つの湯小屋「古滝の湯」「冷抜の湯」「薬師の湯」「花染の湯」と宿坊内の内風呂と露天風呂。すべてが源泉からのかけ流しだ。

きつい硫黄臭、黄白濁してトロミのある湯、ジンジンするような高温度、腋や股がヒリヒリするような酸性度の高さなど、その成分的な濃度は温泉としての程度を振り切っている。その昔は、恐山の菩提寺に参拝する前に、この湯で身を浄めたそうだ。

日本人としては、非常に惹かれ、大喜びでゆっくりと浸かりたくなる温泉だが、湯あたりの可能性大。10分程度の入浴がおすすめ。

温泉は菩提寺の拝観料を支払うと無料で入浴が可能となる。しかし、掘っ立て小屋の中には板で仕切られた湯舟と脱衣場があるばかり。宿坊内の内湯以外は、体をせっけんなどで洗うことも許されない。また、充満しやすいガスを逃がすために、出入り口のドアが開放されていることも多くプライバシーを守ることはあまり期待しないほうがいいだろう。

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金も出る! 鉱山としての価値も高い恐山

もともと恐山は、明治~昭和初期にかけて硫黄を掘り出す鉱山だった。実は恐山温泉もその際の掘削によって発見されたものだ。

鉱山としては廃れた恐山だが、今も鉱山の遺構はあちこちに残っている。また、近年になって温泉の沈殿物の中に金が含まれていることがわかり、調査の結果非常に有望な金鉱脈を発見した。

もともと、恐山のあたりでは細々と砂金取りが行われていたが、大掛かりな金脈開発は、火山性ガスの噴出という危険と隣り合わせであり、禁止されている。

極楽と地獄の地下に金脈が眠る。まるでゲームの世界のような、異世界ぶりだと思わないか。

日本三大霊場の一つとしての恐山

恐山入りして目に入るのは、旗をたなびかせる菩提寺と数々の地蔵様、そして赤い風車。

活火山としてのパワー、その副産物である異様かつ偉容な光景は、古くから人の畏怖の念を刺激してきた。

現在霊場として中心的役割を果たすのは、恐山菩提寺だ。9世紀頃の開基とされ、その信仰は主に地域住民の間で深かった。しかし、江戸時代以降、恐山の霊場としての名は徐々に広まり、イタコが職業として認知されるようにもなった。

恐山といえばイタコの口寄せ

それまでも、イタコ的な活動をする者はいたが、土着的で私的な巫女やシャーマンといった位置づけであり、特に恐山とのつながりがあったわけでもないらしい。

しかし、イタコが職業化し、修行によって口寄せの能力を得たイタコたちは、恐山という絶好のスポットとタッグを組んで、よりパワーを強めていったのだ。

イタコが行う口寄せでは、死者の霊を自分に乗り移らせる、または窓口となって、死者と生者の間である種の対話が行われる。ただ、イタコは必ずしも霊力があるわけではなく、人の心を読み取るカウンセラー的な面が大きいともいわれる。ともあれ、イタコの口寄せによって、願いが叶い、救われる人は少なくない。

イタコの能力は、先天的よりも後天性が強いと言われ、視力に障害を持つ女性の生活のすべとして、職業訓練的に受け継がれてきた。現在は、特に視力や性別にこだわりがないが、同時に、イタコの人数は激減している。修行に耐えられる生徒もいなければ、教師も足らない状態だという。

イタコは恐山や菩提寺に常駐しているわけではない。その多くはむつ市内で普通の生活を営んでおり、口寄せを求めて訪れる人に対して細々と対応している。しかし、菩提寺の例大祭にはイタコ達が集まり、日本中から集う人たちの口寄せに応える。

賽の河原で石を積む

親よりも先に死んでしまった子どもは、その親不孝を後悔し、罪を償うために、あの世の河原で石を積むという。また、子を早死にさせてしまった親は、子の供養のために、やはり賽の河原を訪れて石を積み上げる。

親子は互いにその姿こそ見えないものの、同じ河原で互いを思いながら石を積み続けているのかもしれない。

恐山の賽の河原には、積み途中のような石の塔がたくさんある。そしてその横でカラカラと回る風車は子供養ため、あちこちで優しく見つめるお地蔵様は、親子のそんな姿を見守っている。

恐山の三大不思議を体験できるかも? 宿坊宿泊

恐山菩提寺には宿坊があり、宿泊とおつとめができる。境内の温泉入り放題目的の人、死者の供養が目的の人、口寄せを頼んだイタコとの出会いが目的の人などさまざまだが、恐山内に宿泊したなら、夜更けや早朝に耳を澄ましたい。

「夕方河原に積み上げた小石は翌朝には崩れている」「深夜に、地蔵様の錫杖の音が響き渡る」「雨や霧の出た次の朝は、堂宇内の地蔵様の衣が濡れている」という恐山三不思議を体験できるかもしれない。

針の山か太鼓橋か、三途の川を渡る方法

恐山へと入る手前に川があり、それを三途の川に見立て、橋がかけられている。幸か不幸か、渡し船はなく、渡し賃も必要ないのだが、そこにかけられた赤い橋は、善人にとっては楽に川を渡れる橋だが、悪人には針山に見え、足を踏み出すと痛みが走るという。

ぜひ、お試しを。

恐山を訪れる生者も霊体も飲みに来る冷水

恐山へと向かう街道沿いに湧き出す恐山の冷水は、若返りの水として知られている。この若返り、ただ、見た目だけの問題ではないらしい。

それというのも、深夜になると恐山から霊体たちが訪れて、この水を飲むことで生者の体を取り戻し、生者の世界へと戻ろうとするというのだ。

深夜は避けて訪れたほうがよさそうだ。

まとめとして

今は観光バスで菩提寺の前までアプローチできるようになった恐山だが、その風景はあまり変わらない。

この風景を見て、地獄と見るか極楽と見るか、または、自然美として見るか。ある意味、人としての何かを問われているような気がしてくる。

目的はなんであれ、訪れることできっと何かが変わる、恐山はそれだけのパワーを持つ場所であることだけは確かだ。

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