カナダってどんな国?概要・歴史・文化など

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北米大陸の北、地図でいうとアメリカの上に位置するカナダ。政治や経済、映画やドラマ、音楽などアメリカの話題はどんどん日本に入ってくるのに対し、カナダの話題は殆ど耳にしないと思いませんか?
学校の授業でもアメリカの独立については学んだけれど、カナダも独立したんだっけ?この質問に的確に答えられる人は殆どいないのではないでしょうか。今回は、カナダにスポットライトをあてて書いてみました。

カナダ基本情報

首都:オタワ(Ottawa)
面積:998.5万平方キロメートル
人口:約3,616万人(2016年4月カナダ統計局推計)
国土の大部分が北極圏にあるので、人口の80%は米国国境から約300kmの範囲内に居住しています。一言でカナダ人といっても、カナダは積極的に移民を受け入れている多民族国家のため、様々なバックグラウンドを持った人々が生活しています。特にバンクーバー近郊では香港系の移民が多いです。香港がイギリスに返還されるのを機に多くの香港人がイギリス連邦加盟国であるカナダに移民してきました。中華系だけでなく日本人も多く住んでいるので、初めてバンクーバーを訪れた人は、アジア人の多さにビックリするでしょう。
公用語:英語とフランス語
政体:立憲君主制
カナダはイギリス連邦加盟国で英連邦王国の1つ、元首はエリザベス2世、総督が女王の代行を務めます。

カナダの州

全て言えますか?カナダは10の州(province)と3つの準州(territory)で成り立っています。
州名/州都
ブリティッシュコロンビア州 British Columbia / ビクトリア Victoria
アルバータ州 Alberta / エドモントン Edmonton
サスカチュワン州 Saskatchewan / レジャイナ Regina
マニトバ州 Manitoba / ウィニペグ Winnipeg
オンタリオ州 Ontario / トロント Toronto
ケベック州 Québec / ケベックシティ Ville de Québec
ニューブランズウィック州 New Brunswick / フレデリクトン Fredericton
ノバスコシア州 Nova Scotia / ハリファックス Halifax
ニューファンドランド・ラブラドール州 Newfoundland and Labrador / セント・ジョンズ St. John’s
プリンスエドワード・アイランド州 Prince Edward Island / シャーロットタウン Charlottetown
ユーコン準州 Yukon / ホワイトホース Whitehorse
ノースウェスト準州 Northwest / イエローナイフ Yellowknife
ヌナブト準州 Nunavut / イカルイト Iqaluit

バンクーバーは?と思った方、バンクーバーはブリティッシュコロンビア州にあります。州都はバンクーバーから離れたバンクーバー島にあるビクトリアです。
州と準州の違いは連邦政府との関係性にあります。州政府と連邦政府は基本的に対等な立場で、各州は1つの国のように自治権を持ちます。一方、準州は人口が希薄で、歳入の多くを連邦政府からの補助金に頼っており、連邦政府の管理下でのみ自治権が認められています。

カナダの歴史

どうしてカナダの公用語は英語とフランス語なの?アメリカはイギリスから独立したけどカナダは?この2つの疑問を歴史を紐解いてみていきましょう。
イギリスVSフランス
1534年、当時のフランス国王フランソワ1世がジャック・カルティエを北米に派遣、セントローレンス川流域を探検させます。カルティエはこの地をカナダと名付け、フランス領とする宣言をしました。その後1608年、フランスの探検家のサミュエル・ド・シャンプランがこの地に植民地ケベックを建設しました。
一方イギリスは、ハドソン湾地方にハドソン湾会社を設立してインディアンとの毛皮貿易を開始、カナダ西部の内陸地方にも進出します。イギリスとフランスの植民地争いは激しさを増していき、両国の戦いは長年続きます。
英仏戦争にイギリスが勝利、1763年のパリ条約によって両国の関係に一応の決着がつきます。この条約によりカナダの大部分がイギリスに割譲されました。
この時、イギリスの支配の下、現ケベック州を中心とする地域は、多くのフランス系住民がそのまま居住し続けました。当初、イギリスは旧フランス植民地に自国民を多く入植させ、フランス系住民との同化を試みましたが、アメリカの植民地でこの試みが失敗に終わったため、イギリス植民地議会は1774年にケベック法を制定、ケベックのフランス系住民に対し、フランス語の使用、信仰の自由、フランス民法の適用を認めます。現在でもケベック州はフランス系住民が多く住み、フランス語が日常語として使用される州となっています。ケベック州が英語圏からの分離独立を目指すケベック独立運動というイデオロギーが存在し、度々独立運動が起きています。

1775年にアメリカ独立戦争が勃発すると、反独立派(ロイヤリスト)がイギリス領であるカナダに多く移住してきました。アメリカの独立勢力はカナダも反乱に加わることを呼びかけましたが、大半のカナダ住人は中立を保ち、中にはイギリス側につく者もいました。こうしてカナダはイギリスの植民地として残ることとなりました。

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カナダの独立は最近のこと?

1867年7月1日、イギリス議会が英領北アメリカ法を制定、オンタリオ、ケベック、ノバスコシア、ニューブラウンズウィックの4州で自治領カナダ政府を成立させ、オタワに連邦首都が置かれました。これによってイギリスの下で自治権を有する「カナダ連邦」という連邦国家が誕生しました。自治が認められたこの日をカナダの独立記念日「カナダ・デー」として現在は国民の祝日になっています。
第1次世界大戦にカナダはイギリス帝国の一員として参戦、戦後の1926年、イギリスはカナダに外交権を付与します。その後、1931年のウェストミンスター憲章でイギリスと対等な主権を持ち、実質的な独立を達成します。
1982年、イギリスが最終的な司法権をカナダへ移管します。カナダは権利と自由の憲章を載せた新カナダ憲法(1982年憲法)を採択し、名実ともに完全な独立国家となります。

カナダとフランス語

カナダの公用語は英語とフランス語となっているので、食品や商品などのラベルには両方の言語を記すことが定められています。しかし、全てのカナダ人が2か国を話すかというと、そうでなはく、英語圏の人はほぼ英語しか話せません。フランス語を話すのは主にケベック州です。このあたりは元々フランスの植民地であり、フランス系からの移民が多い州だからです。ケベック以外の英語圏に住むカナダ人のフランス語力は、日本人の英語レベルくらいの印象でしょうか。

まとめ

学校で殆ど習うことのないカナダ史について駆け足で解説してみました。引き続き「アメリカのお隣、カナダについてまとめてみた②」もお楽しみください。

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