ミストラス遺跡~死滅都市として放棄された中世都市を歩いてみた

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201611120ミストラス遺跡「Mystras」/ギリシャ・ペロポニソス半島

ミストラスは中世、地中海沿岸に多く点在する繁栄した都市の一つだった。しかしミストラスはその歴史の中で「死滅都市」宣言を受け、都市として終焉を迎えた。栄枯必衰は世の理。そうはいっても、これほどのアップダウンを経験し、そのまま復活することのなかった都市も珍しいだろう。

そんなミストラスだが、再び陽の目を見た。しかし、人が生活する場としてではなく、都市遺跡として、また都市全体が博物館となって世界遺産に登録されるに至ったのだ。

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ミストラス遺跡の成り立ち

ミストラスという言葉は、もともとは現在の遺跡とその周辺にあった自治体を含めた広い地域をさしていた。しかし今は、世界遺産として登録されている「ミストラス遺跡」そのものとその周辺集落を含んだ地域を指す。

ミストラスは13世紀に十字軍として功績をあげたフランス騎士にその褒美として与えられた土地であり、彼によって新しく建設された小国の中心都市としてスタートを切った。

栄えた数世紀を経て、ギリシャ、トルコ、ヨーロッパやロシアなどの列強の覇権争いの巻き添えを食う形で街そのものが完全に破壊されてしまった。

放棄されていたミストラスがギリシャ政府によって顧みられたのは20世紀に入ってからのこと。1921年に史跡として指定され、都市遺跡全体の保存が決定された。しかし、それも続く戦争によって中断され、ミストラスの修復が本格的にスタートするには戦後の1953年を待つ必要があった。

ミストラスが博物館都市となって世界遺産に登録されたのは1989年だ。しかし、修復はなかなか進まず、その知名度は今も高くない。

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ミストラス遺跡を構成するもの

破壊され放置された聖堂・修道院がその大部分を占める。ギリシャ正教会系の建造物は、歴代の支配者や流行の影響を受けて、複合的なデザインとなっているものが多い。

時の支配者たちの住まいや執務所となった宮殿や邸宅、城壁や要塞なども含まれている。点在する遺跡都市を歩いてぐるりと回ると約2時間。

これらすべてが世界遺産に含まれるが、一部を除いてその保存状態は良くない。徐々に修復が進んではいるものの、史跡として昔の栄華を脳みそ内で想像する場面がどうしても多くなる。だからこそ、ミストラス遺跡を訪れる場合には、それなりの背景や歴史を知っておかないとイマジネーションを働かせて楽しむことができないだろう。

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ミストラスの三層構造

ミストラスは長い繁栄の歴史の中で3つのパートに区切られてきた。それは城壁で区別されているため、丘の上から見ると一目瞭然。

丘の上は要塞エリア。歴史的にもっとも古いエリアでもある。丘の中腹には上流階級の居住地域が広がっている。王宮もあり、貴族たちの邸宅跡もこのあたりに集まっている。そのほとんどが現在は廃墟となっているが、一部修復を終えて公開しているものもある。

もっとも見どころが集まっているのが、丘の下の街。まさに下町。ここは小さな家や商店、聖堂や教会などが集まっていたエリア。荒い石畳と石壁が狭い路地を作っていて、その両脇に並んでいただろう住宅などは壁しか残っていないところがほとんどだ。

ただ、聖堂、教会、修道院などは作りが頑丈だったのか、保存状態が比較的良かったため、修復されて屋根のある建造物も多い。内部にはフレスコ画や壁画が残っているものもある。

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聖ディミトリオス教会

ミストラス遺跡はそのほとんどが白や灰色の石を積み重ねた低層建築で構成されている。

遺跡群の入り口のすぐ北に位置する聖ディミトリオス教会も、そんなゴツゴツした石壁に囲まれたこれまた石の階段通路を上っていく。

比較的改修が進んでいるため、壁も屋根も揃った状態で、今も教会としての機能を外見上は保っている。古くはバシリカ様式だったが、そこにギリシャ正教の十字型とドーム式に改築された、建築家視点では複雑で不思議な造りらしい。僧坊が隣接されていて、現在は博物館になっている。

屋根が毛糸の帽子のようなもこもこ感だったり、ドーム型の壁面に切られた窓がメルヘンチックだったりと、見た目にも楽しめる。

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パンダナサ修道院聖堂

丘の上にそびえる尼僧院で、ミストラス遺跡の中で保存状態はかなり良いほう。ここまでの登り坂がつらいが、尼僧院の窓からは遺跡全体とさらにその向こうの地中海を見下ろすことができる。

遺跡内では原則として生活している人はいないはずだが、尼僧の姿を見かけることも、祈りの声が聞こえてくることもある。ここは唯一今も生きている遺跡だ。

ほかの聖堂や教会では破壊されたり保存状態の悪さから見るに忍びない状態となっていることの多いフレスコ画が複数残っていることから人気のあるスポット。

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ペリヴレプトス修道院聖堂

北の丘を下り、南側の丘に向かうと、斜面をくりぬくようにして建造されている修道院がある。ここも保存状態は比較的良い。

なんといっても、フレスコ画の保存状態がずば抜けて良いこと、そしてその数が多いことから、見どころが多い遺跡だ。ほかのメジャーな遺跡から少し離れてはいるが、是非足を運びたい。

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ヴィルアルドゥアン要塞

ミストラス遺跡の中心であり、源でもある、最初の建造物。丘の上にたつが、そのほとんどは崩れてしまい廃墟となっている。

最初は城とその周囲を囲む城壁だけだったが、町の発展とともにその面積を広げ、最終的には城塞都市となりその周囲をぐるりと城壁が張り巡らされて丘全体が要塞化していった。

白い石を積み上げた城壁は比較的美しい状態で残っていて、その一部は遊歩道として観光しながら歩いていける。そこからの眺めは最高だ。

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ミストラス遺跡の見方

歩いて見て回る以外に手立てはないが、ムダにウロウロしたり上ったり下りたりを繰り返すと疲れ果ててしまう。また、あてどなく歩いていると、目に入る遺跡もただの石を積み上げた廃墟にしか映らない。

まずは、ミストラス遺跡の歴史をかいつまんで知っておくこと。歴史の移り変わりが石の積み方の違い、残っている貴重な建造物の建築様式の違い、丘の上中下に広がる3つのエリアの違いとして表れていることも、それで理解できる。

さらに、それぞれの石の廃墟が一体以前は何だったのかを知るには、よほど事前研究をしておくか、現地ガイドに頼ることになる。日本語ガイドはいないが英語ガイドならそれほど高額ではない。

ウロウロしてなんだかよく分からずに終わる2時間ではなく、フムフムなるほどと感動できる2時間を過ごすにはガイドツアーがおすすめだ。

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最後に

ミストラス遺跡は一つの丘とその麓全体に広がっていた町。現在は生活の場として機能していないため、まるである日突然住民が消え去ったような印象だ。

実際に戦いでその多くが破壊された時、住民も支配者も街そのものを立て直すよりも、移住して別の地域で新しくやり直すことを選んだ。その結果、ミストラスは廃墟となり、現在は丸ごと遺跡として残っているのだ。

ミストラスを訪れた人は2つのまったく逆の感想を持って去っていく。一つは、「つまらない、疲れた」というもの。もう一つは「こんなスゴい遺跡があったなんて!」だ。

前者は、ミストラスの廃墟となった表面だけを見て歩いた人たち、後者はその廃墟が持つ歴史を一緒に感じた人たちだ。

ミストラスは訪れる人に対して積極的に説明を与えるような「パンフレット」や「案内板」はほとんど用意していない。ある意味イマドキ不親切な世界遺産なのだ。でも、考えてみたい。押し付けの知識よりも自分で予習した知識、どちらが現物を目にした時により感動できるか? その答えを正しく出せたなら、あなたもミストラス遺跡を十分に楽しめるはずだ。

そこを訪れた人しか感じることのできない感動を、写真、動画、そして言葉で表現してみませんか? あなたの旅の話を聞かせてください。

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