ヨハネスブルグに行ったら思いのほか治安が良かった

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Johannesburg

人類のゆりかごから墓場まで~ヨハネスブルグ/南アフリカ共和国・ハウテン州

世紀の大発見である「アウストラロピテクス」の人類化石が発見された地であり、20世紀の負の遺産ともいわれる「アパルトヘイト政策」が行われた地域でもある。さらには、世界でも指折りの犯罪都市としてその名をとどろかせている街としても知られている。

そんなヨハネスブルグも、その背景と現状を知れば、旅の途中で少し寄り道してみたくなるかもしれない。

ヨハネスブルグってどこ?

アフリカ大陸最南端にある南アフリカ共和国・ハウテン州の州都であり、国内最大の都市。

その知名度の高さから、同国の首都だと思われていることも多いが、首都はプレトリア(行政府)・ケープタウン(立法府)・ブルームフォンテーン(司法府)の3都市に分散されている。

ヨハネスブルグ~19世紀まで

約350万年前には類人猿アウストラロピテクス・アフリカヌスが暮らしていたことが、発見された骨によって分かっている。

先住民たちの小さな集落があるのみだったこの地に、19世紀半ば、イギリス領ケープ植民地のオランダ系移民である「ボーア人」が、集団移動し定住した。

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金鉱脈発見によるヨハネスブルグの運命の分かれ道

Diamond

1886年、農場で偶然発見された金脈の噂は瞬く間にアフリカ各地へと広がり、移住者が激増。ケープ植民地のイギリス勢もまた、入植民部隊をヨハネスブルグ近郊へと送りこみ始めた。

この地は突如として、金と新たに発見されたダイアモンドを巡る争いの場になってしまったのだ。

ヨハネスブルグとボーア戦争

BoerWar

金鉱脈を巡る「ボーア戦争」はイギリスの勝利で終わった。

イギリス人は金鉱脈の利権を押さえたが、ボーア人とはその後和解し、対黒人政策である「アパルトヘイト」を施行し、鉱山などで過酷な労働につかせた。

ヨハネスブルグとアパルトヘイト

アパルトヘイトはヨハネスブルグの街に大きく影響を与えた。

市内は「ボーア人」と「イギリス人」ら「白人」のための居住区と、アフリカ系・カラードなどの有色人種のための居住区とが厳しく区切られ、その行き来が制限された。

さらに、アフリカ人はヨハネスブルグを追われ、市南部のソウェトへと強制移住させられた。その数は6万人に上るという。

ヨハネスブルグとソウェト蜂起

白人だけが優遇される中、差別され冷遇されたソウェト住民たちの不満は高まり、1976年の「ソウェト蜂起」へとつながった。

これは、海外で報道されたり問題視されることが少なかった「アパルトヘイト政策」が世界に知れ渡るきっかけにもなった。

ヨハネスブルグのアパルトヘイト廃止と治安悪化

「アパルトヘイト」は1993年には全面廃止された。

居住区指定がなくなったため、多くのアフリカ系とカラード住民が市中心へと移住して職を求めた。反対に、白人住民は郊外へと脱出してしまい、企業の多くも撤退や移転してしまったために、アフリカ系・カラード住民は職を得ることができなかった。

結果として、ヨハネスブルグの中心は失業者であふれ、犯罪が多発する非常に治安の悪い地域へと転がり落ちていってしまった。

一度流出した経済力は再び市の中心へとは戻らず、立ち並ぶ高層ビルは無人の廃墟となり、住宅街は不法占拠者の住処となり、治安は悪化する一方だった。

ヨハネスブルグの現在

Johannesburg2

ヨハネスブルグで開催された2010年FIFAワールドカップに合わせて徹底された治安対策により、街の中心にも少しずつ変化がみられる。

経済不安や治安問題はまだ残っているが、街にはショッピングセンターができ、いくつかの廃墟だったビルは、観光用に再オープンしている。

最近は観光バスも走るようになり、徒歩での観光がほとんどできない市内を車窓から眺められる。

許される観光スタイル

ヨハネスブルグの中心地は、車での観光が必須。

郊外のソウェトや点在する観光地周辺、そしてショッピングセンターは、徹底した治安対策が行われているため、比較的安全ではある。

観光は基本的にガイド付きが多い。夜の一人歩き、観光客仕様ではない店への入店はできれば避けたい。

アパルトヘイト博物館

ApartheidMuseum2

アパルトヘイト政策が施行されていた頃の歴史資料が保管され、展示されている施設。観光ツアーに必ず組み込まれているスポットだ。

カールトン・センター

CarltonCentre

一時は廃墟となっていた高層ビルを、観光用に再オープンしたもの。

50階に展望コーナー「トップ・オブ・アフリカ」があり、ヨハネスブルグを俯瞰できる。ビル内にほかにこれといった見どころはないが、入場料が安く、ビューを楽しむだけでも価値がある。

ピラミッド会議展示場

ヨハネスブルグ市街の中心に立つ、ピラミッド風のコンベンションセンター。

食事やお茶を楽しめるだけでなく、ゴージャスなエステやセラピーを受けられることで人気のスポット。

セキュリティ面も安心、トイレもキレイという、アフリカ旅行の途中で一息つける空間といえる。

ソウェト地区とマンデラ・ハウス

MandelaHouse

反アパルトヘイト運動の象徴ともいえる地域であり、見どころも多い観光エリア。比較的安全ではあるが、点在するスポットを回るには、やはり車が必要。ツアーが出ているので、それに参加するのがもっとも手軽だろう。

ソウェト地区にある亡きネルソン・マンデラ元大統領の住居である「マンデラ・ハウス」はソウェトで必ず立ち寄るスポット。

赤い壁の、意外にこじんまりとした家は、内部も見学可能。

旧刑務所

ApartheidMuseum

アパルトヘイト時代に政治犯が主に収容されていた施設。ヨハネスブルグで弁護士をしていた「ガンジー」も収監されていたことで知られている。

別の角度から見た「アパルトヘイト博物館」的存在で、刑務所内でさえも、アパルトヘイト政策が行われていたことが分かる、

ミュージアム・アフリカ

アフリカ大陸の歴史や文化などを網羅する大規模なミュージアム。

内部は警備が行き届いていて安心。暗い過去や難しい歴史だけでなく、美術館的な要素も含まれているので、芸術好きも楽しめる。

ゴールドリーフシティ

その名からも分かるように「金」に縁あるテーマパーク。最初に発見された金鉱脈を掘りつくした跡に建てられている。

「アンダーグラウンド・ツアー」が人気で、地下220メートルの深さまで潜り、狭いトンネル内を探検し、「ゴールド・ポアー・ショー」では、金の精練現場を見学できる。

スタークフォンテーン洞窟

StarkBloemfonteincave

「人類のゆりかご」と呼ばれる、人類発祥の地にある洞窟。アウストラロピテクスの骨が発見された場所として有名。

洞窟横には博物館があり、発見当時の様子やアウストラロピテクスの頭蓋骨の写真などが展示されている。

教科書で学んだその場所ということで、不思議と懐かしいような気分にさせられる。

ネイチャー・リザーブ

野生動物の宝庫である自然保護区。

個人でも訪れることは可能だが、安全や便利さを考えるとツアーがおすすめ。現地に詳しいガイドがつけば、それだけ動物遭遇率も高くなる。

注意事項

街に監視カメラが設置され、ショッピングセンターやホテルなどの観光施設には利用客より多いのではと言われるほどの監視員やセキュリティが立っている。

徐々にではあるが、ヨハネスブルグの治安は回復してきているが、現時点では、街歩きを楽しめる地でないことも確か。

殺人・強盗・強姦といった凶悪犯罪の発生率の高さには驚くばかりだが、日本人をはじめとした観光客のほとんどはそれらの凶悪犯罪には巻き込まれていない。

旅の仕方や十分な注意によって避けられる危険が多いということだろう。

最後に

長期滞在をする旅人は少なく、周辺にあるサファリや世界遺産への足場として利用する1.2日間の滞在が多い。

また、観光スタイルも観光バスやガイド付きツアーを利用するのがほとんど。個人的な知人がいるか、ガイドを雇わない限りは自由旅行をしにくい都市ではあるが、その歴史的意味を考えると街を車窓から見て博物館で学習するだけでも価値はありそうだ。

そこを訪れた人しか感じることのできない感動を、写真、動画、そして言葉で表現してみませんか? あなたの旅の話を聞かせてください。

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