ヴィエリチカ岩塩坑ツアーで観光スポット全部歩いてみた

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WieliczkaSaltMine

塩を掘り、神をも掘った坑夫たちの情熱を感じる岩塩宮~ヴィエリチカ岩塩坑(Wieliczka Salt Mine)/ポーランド・クラクフ

ポーランドのヴィエリチカ岩塩坑は、世界遺産として最初に登録された12か所のうちの一つだ。

何が素晴らしいかといえば、とにかくその装飾だろう。床・天井・壁・シャンデリア・聖人像など、そのほとんどが岩塩で作られているのだが、その作り手が、なんと岩塩坑で働いていた抗夫たちなのだ。

彼らは岩塩を掘り出し運び出すという仕事の合間に、信仰心から岩塩の中に教会や礼拝所をも掘り続けた。その情熱と才能の素晴らしさこそが、世界遺産となった最大の理由だろう。

ポーランドは塩の国

実はポーランドは塩の国である。しかし、この地が海だったのは2千万年も前のこと。地殻変動によって陸となった後、海水が蒸発して地下に塩の層を作っていったのだ。

ポーランド内には、廃坑になったもの、現在も操業中のものなど複数の大規模岩塩坑があり、国を代表する産業となっている。

特にヴィエリチカの岩塩は「白い金」と呼ばれるほど上質だったため、ポーランド王室の財政を豊かに支えてきたのだ。

ヴィエリチカから塩が出た理由~伝説と真実

Kinga

ヴィエリチカには、岩塩坑を発見するに至った伝説がある。それによると、ハンガリーの姫「キンガ」は、ポーランド王と結婚するため、ポーランドへと向かう旅の途中、湿地帯の泉で祈りを捧げて婚約指輪を投げ入れた。

王家に嫁いだあとキンガ姫は、指輪を投げ入れた地「ヴィエリチカ」を掘るよう民たちに告げる。そしてそこからは、上質な岩塩層が見つかり、キンガ姫の婚約指輪も見つかったというものだ。

しかし実際のところは、キンガ姫は一生独身を通して、祈りと慈善活動に捧げたいと考えていたが、政略結婚を断ることができず悩んでいた。そのため、ハンガリー領内の岩塩坑に婚約指輪を捨てたのだという。

そして、やむなくポーランドに嫁いで10年がたった頃、まだごく小規模な岩塩採掘・保管所でキンガ姫の指輪がみつかったのだ。この偶然をきかっけに、ヴィエリチカ岩塩坑は、国家をあげた大規模な採掘所へと発展したというのが真実らしい。

キンガ姫はヴィエリチカ岩塩坑と岩塩によって繁栄したこの地域の守り神として今も祈りの対象となっている。

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ヴィエリチカ岩塩坑の歴史

ヴィエリチカで岩塩を製塩し始めたのは11世紀のこと。伝説的な「キンガ姫の指輪」が発見された13世紀には国営企業として、大規模な採掘が始まった。

その後数百年に渡って。ポーランドを潤した岩塩坑だが、1996年、深く長い坑道から岩塩を掘り出すコストと坑内で洪水が発生する危険性から、商業目的の採掘は中止された。現在は観光や医療などのための施設として一部が使用され、公開されている。

廃坑になっていない岩塩坑の中では最古だといわれ、深さ地下300m以上、全長は300kmを超えるその規模も最大ランクである。

キンガ姫の像

Kingahime

本人が望んだかどうかはさておき、ヴィエリチカにおける守護神であり女神のような存在である「キンガ姫」。岩塩産業の発展を支えた存在として、また、深く暗い坑内で働く工夫たちの守り神として、常に祈りの対象となってきた。

岩塩坑内には、キンガ姫の像が多数ある。もちろん岩塩製だ。女神のように一人佇む像もあれば、伝説の指輪のシーンを象ったほぼ等身大人形劇シーンも作られている。

またキンガ姫の像は、岩塩坑内だけでなく、近郊の修道院などにもある。そちらは岩塩製ではない。キンガ姫は、夫である王の死後すぐに王家からも政治の世界からも退き、修道院へと移って残りの人生を結婚前の希望通り、祈りに捧げ、ポーランド王妃であった過去は決して話題にしなかったという。

1965年にポーランドとリトアニアの守護聖人となり、1999年には列聖され、聖キンガとなった。

岩塩製「聖キンガ礼拝堂」

Chapel

ヴィエリチカ岩塩坑がどこよりも最初に世界遺産に登録されたのは、岩塩坑が古く深いからだけでも、キンガ姫の伝説があるからだけでもない。岩塩坑内の至るところが岩塩で装飾されていたからだ。

岩塩坑なら岩塩でできているのは当たり前だが、ヴィエリチカ内に広がる光景は決して当たり前とはいえない。

長い階段を下りていくと最初で最高の見どころである「聖キンガ礼拝堂」が見えてくる。坑道内には、40を超える礼拝所が作られているというが、その中でも特別な存在だったことは、その祭壇やレリーフ、装飾の数々から判断できる。

そして、それらの全てがやはり岩塩で作られているのだ。

塩の中央祭壇

柱にはり付けられたイエスの像、キンガ姫にも似た面差しのマリア像、壁から掘り出された聖書の場面の数々。それらの全てが岩塩から生み出されたものだ。

観光用の優しい明かりに照らされた礼拝堂は、天井が高く広々としていて、岩塩坑内にいることを忘れてしまいそうだ。

塩のシャンデリア

Chandelier

礼拝堂の天井からは、繊細なデザインのシャンデリアがいくつも下がっている。なんと、これも岩塩製なのだ。

現在は電灯が灯されているが、古くはロウソクかオイルランプが灯されていたのだろうか? 塩は溶けなかったのか? 明るさはどのくらいだったのだろうか?

現在も日の光は全く差し込まない暗闇を小さな電灯が見どころや足元を中心に柔らかく照らしているが、当時はもっと暗かったのではないだろうか?

塩タイル

礼拝堂の床は磨きこまれたタイル張りに見えるが、これももちろん岩塩タイルだ。

モザイクのようにはめ込まれた床の滑らかさに、塩の用途や可能性についての思い込みを反省させられる。

塩の彫刻「最後の晩餐」

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そこかしこの壁ももちろん岩塩だが、こちらは磨かれていない。岩塩ブロックを積み上げただけの場所もあるが、多くの壁は信仰の深さを表すかのように、さまざまな宗教画が掘りこまれている。

中でも見ものなのは、「最後の晩餐」の図だ。遠近法を取り入れながら壁の中に掘りこんだレリーフは、奥行きと写実感とを見事に表現している。

作品として掘りこまれたもの以外にも、聖書の場面の数々や、岩塩坑の歴史や坑内での仕事風景など、壁はスケッチブックや写真・ビデオなどの代わりに使われたかのように、ぎっしりと作品で埋められている。

蝋人形ならぬ塩人形たち

Dwarf

岩塩坑での作業風景などは、人形や実際の工具を使って展示されているが、キンガ姫が指輪を見て驚く場面、白雪姫の物語に登場する7人の小人が働いている様子のような場面などいくつかは、岩塩で作られた像で表現されている。

地底塩湖

zgoda na wykorzystanie

地底には30%の濃度の塩湖があり、明かりを受けてエメラルドグリーンに光っている。

塩分が濃いため、飛び込めば当然浮くはずだが、水泳は禁止。禁止されていなくても、坑内はかなり寒いため、そんな気分にはなれない。

また、依然はこの地底塩湖を船で渡って、向こう側に見える坑道の続きも見学できたが、事故が起きたことから現在は進入禁止となっている。

レセプションホールかサッカーコートか

ツアーで入場して最終地点となるのが、これまた広々とした空間。

そこには現役のレストランや売店があるほか、岩塩坑の現役時代には、レセプションホールとして、ある時にはサッカーイベントの会場として使われたというホールもある。現在も結婚式などに使用することができる。

多くのツアーはここで解散、または一時休憩となるが、この先にもまだ見どころがあり、見学可能。こぢんまりとした礼拝堂や現在は立ち入ることができないエリアから持ち出された岩塩製の像や宗教画などが展示されている。

寒さに凍えた体に温かい飲み物を、お土産をと向かいたくなるが、残りの岩塩坑も時間を割いて見て回る価値は十分にある。

最後に

ヴィエリチカ岩塩坑は、塩に対する観念を大きく覆してくれる。

世界には巨大な塩田や塩湖、塩の石柱などがある。食卓に上がる塩ばかりが塩でないことは知っているつもりだ。

それでもなお、地底深くから金にも例えられるほど美しい塩が掘り出され、さらには、岩塩坑内が美術館か博物館のように装飾されている様子には心底驚かされる。

そこを訪れた人しか感じることのできない感動を、写真、動画、そして言葉で表現してみませんか?あなたの旅の話を聞かせてください。

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