上野公園とその周辺を観光してみて~隠れた名所、見どころ沢山紹介してます!

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東京観光の大きな穴場/東京都台東区上野公園

都民からすると、都内ではあっても、埼玉よりだし、都心とは違う上野。ちょっとパっとしない垢ぬけなさ…そんなイメージがつきまとう。

確かに上野にはそんな側面もある。だが同時に、東京どころか日本の文化を背負って立つような施設が集中しているエリアでもあるのだ。

健康的に遊び、文化的に学べる上野の代表スポット「上野公園」を上野駅不忍口からぐるりとめぐるツアーで案内しよう。

上野駅を降りたら「西郷さん」にご挨拶

上野駅のしのばず口を出て、道路を渡ると見えてくるのがあの有名な上野の西郷さんこと「西郷隆盛像」。高村光雲によるもので、飾らない庶民的な雰囲気が魅力。上野のトレードマークとして長く君臨している。

本人の写真は一枚も残っていないため、似ている・似ていない論争があるが、それは歴史上の人物の像としては仕方のないところかも。

上野公園最古の「清水観音堂」の舞台に立つ

西郷さんから上野公園内へと進んでいくと、赤い山門の「清水観音堂」が現れる。もとは寛永寺の堂宇の一つに過ぎなかったが、現上野公園の敷地大半を占めていたとされる寛永寺は複数の戦禍に遭い焼失した。いくつかは再建、移築されたが、開山当時から現存するものとしてはこの「清水観音堂」が貴重な遺産であり、上野公園内でも最古の建築物の一つだ。

名前から想像されるよう、京都の清水寺の縮小版。舞台からは不忍の池が見とおせ、ぐるりと輪を作る新しい月の松の間からは弁天島も見える。

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カップルならボートは避けるべき?「不忍池」と「寛永寺弁天堂」

不忍池の中之島に作られた弁財天のお堂だが、何度か焼失した後、1958年に今の姿となった。

弁財天は女神。そのため、カップルでボートに乗っていると嫉妬するという俗説があり、不忍池のボートはカップルの鬼門ともいわれる。

一方で、隣に祀られた大黒天が金運を授けてくれるとして熱烈なファンもいるので、お参りの際には誰と何を目的で行くのか熟慮をおすすめする。

健康祈願の「五条天神社」と上野の狐さまの棲み処「花園稲荷神社」

薬の神様を祀る「五条天神社」は、無病息災を願う人が足しげく通う神社。毎月10日には医薬祭が行われ、祈祷を受けられる。

すぐ近くにある「花園稲荷神社」は、伏見稲荷ほどではないが、赤い鳥居がずらずらりと並んだ中をずいずいと進んでいくという異世界ワープを味わえる場所。

あちこちに佇む狐さまの像には、子育て中のものも。金運だけでなく、夫婦和合や子宝などにも縁をもたらしてくれそう。

この地に住み着いていたお狐さまの穴と、その引っ越し先として提供した石洞など、ゆかりの社もあるので、お見逃しなく。

寛永寺の忘れ形見のような「時の鐘」と「上野大仏」

五条天神社と花園稲荷神社のすぐ裏手に、寛永寺の遺産がいくつかある。

寛永寺の鐘楼である「時の鐘」は、その名の通り、地域住民に時を知らせるために働いていた。今も午前6時、正午、午後6時の3回撞かれているので、タイミングを合わせて耳にしたい。

上野に大仏があると知る人は少ない。しかし、確かにいたし、今もいる。

6mの釈迦如来坐像だった上野大仏は、地震や火災で何度も損傷と修復を繰り返してきたが、関東大震災による甚大な被害後は資金不足でバラバラのまま保管された。そのまま軍需資源として供出されてしまい、頭だけが残ったのだ。そう、今上野にある大仏さまはお顔だけ。

この大仏さま、数々の困難を乗り越え、さらにはこれ以上「落ちる」ことはないだろうというわけで、後のない受験生たちの最後の頼みの綱として、祈願対象になっている。

大仏再建を願う声は根強くあり、祈りを込めたパゴダも建てられたが、現在はすっかりレリーフとして落ち着いている。

磨かれてますますピカピカ「上野東照宮」

次は江戸時代の建築最新技術満載の上野東照宮へ向かう。

徳川家康を神としてまつる神社で、出世や勝利にご利益があるとされる。そのご利益は、その社自体にも発揮され、戦争や地震など数々の災難に見舞われながらも焼失も崩壊もすることなく残ったことから、その霊験のあらたかさは折り紙つき。

煌びやかな唐門や金色殿は、改修工事を終えてピカピカに。周りの濃い緑とのマッチングがなかなか。牡丹やダリアの季節に訪れると、花も同時に愛でられ、限定の御朱印も受けられる。

持ち主が変わって「旧寛永寺の五重塔」

上野東照宮の参道脇、木々の向こうに見えるのが寛永寺の五重塔。正式には、東照宮から寛永寺へ、寛永寺から東京都に移譲されたため、「旧」がつく。

江戸時代初期に建てられたが焼失、その後ただちに再建されたという貴重な建築財産。高さ36m、朱塗り、重厚感あり。ただ、現在は上野動物園内に立つ。間近で見るには、入園料を支払って入る必要があるうえ、何やら雰囲気も今一つ。そんなわけでおすすめできない。少し遠く、木々で下部は隠れるものの、参道から望むのがベターだろう。

また、本来ここに祀られているはずの、釈迦・薬師・弥勒・阿弥陀4菩薩は、東京国立博物館に。

新旧取り混ぜた建築美を鑑賞する

上野動物公園に沿って進むと、現代建築の「東京都美術館」があり、その先には明治建築の日本最古の洋式ホールで現役の「旧東京音楽学校奏楽堂」が見えてくる。しっとりと優しい外観が特徴。

さらに進むと黒田清輝の代表作を収める「黒田記念館」が現れる。昭和初期の建築だが、レトロモダンな味わいだ。

その隣には「国際子ども図書館」が立つ。明治に帝国図書館として建築されたネオ・ルネッサンス調の建物だったが、修復と改築増築が行われ、新旧ミックスの大型子ども専用図書館として生まれ変わった。こんな図書館に通える子どもは幸せだろう。

法隆寺は奈良にある現存世界最古の木造建築物だが、続いて見えてくる「法隆寺宝物館」にあるのは、東京国立博物館に含まれる法隆寺献納宝物の展示室だ。ただし、その外観は完全なる現代風。

そろそろと駅方面へと方向を変えて歩いていくと、武家屋敷らしき門が見えてくる。「旧因州池田屋敷表門」もまた、東京国立博物館の屋外展示の一部で、32万石大名の江戸上屋敷の門を移築している。門でこれなら内側はどうだったのかと思わせる立派さ。

上野戦争や関東大震災から逃れたものの、平成の火事で一部焼失「輪王寺」

寛永寺伽藍の一部だったが、その後上野戦争で被害を受けつつも焼け残った。しかし、平成元年に火災が起き、本堂、奥の院、天海僧正座像などを残念ながら焼失した。

かろうじて難を逃れた「寛永寺旧本坊表門(黒門)」は、上野戦争の弾倉を残した姿のままで今も立っている。

時間があれば、中も見たい「上野の文化芸術通り」

黒門を見た後は、「国立西洋美術館」「国立科学博物館」「東京文化会館」、上野駅公園口を通り過ぎて、「日本芸術院会館」「上野美術館」と文化エリアを建物の外観を眺めながら歩き、スタート地点の上野駅そのばず口へと戻ってくる。

まとめとして

上野公園は巨大かつ、盛り沢山だ。特に上野動物園と各種博物館や美術館などは、その一つ一つに1日をかける価値ある内容ばかり。そのため、各内部は、また別の機会に紹介したい。

今回は主に歴史を感じ、文化を学べる建築物を中心にめぐるコースをご紹介した。都民すら知らない、かもしれない上野の魅力に迫る1日ツアーコースをお楽しみあれ。

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