女人禁制アトス山の修道院全部行ってみた。女子は観光出来るか?

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MountAthos

600年間女人を拒んできた正教会の聖地~アトス山/ギリシャ・アトス自治修道士共和国

ギリシャの半島には3本の足が生えている。そのうち北東に位置する1本の一番端っこには標高2000mを超える岩山があり、断崖絶壁で海に面している。それがアトス山だ。

正教会の聖地とされ、修道士たちが共同生活を送り、厳しい女人禁制の中で祈りの日々を過ごしている。

地上でもっとも立ち入ることが難しいともいわれるアトス山とはどんな場所なのだろうか?

アトス山はどこに

ギリシャ北東部のアトス半島の先端部分の山で、標高は2033m。

ギリシャ本土との間には陸路があるものの、山は中世からの自然のままの姿を残し、森は深く、海岸線は峻嶮で断崖絶壁か岩場となっている。その険しい海岸では、兵士たちが遭難したこともあるほどだ。

現在、アトス山周辺に点在する修道院への交通は船便に頼っている。

アトス山の伝説

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女人禁制のアトス山だが、その成立には「聖神女マリヤ」にまつわる伝説が残されている。

隠遁先のエルサレムからキプロス島に住む聖ラザロスに会いに行く旅の途中で嵐に合ったマリヤが、アトスの海岸に避難し、その美しい自然に惹かれ、自分の土地とした。アトスは古くから神々が宿る山として信仰を集めていたが、マリヤはこれらのアトスの異教偶像を一瞬で打ちこわし、アトスに祝福を与えたのだという。

こうしてアトス山一帯は、「神の母」であるマリヤを守護聖人とする聖地となった。

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アトス山の持つ意味

アトス山はギリシャ領内でありながら、自治が認められた特別な地域でもある。

宗教が政治にも大きな影響力を持った時代には、広大な荘園を持つ非常に裕福な修道院群が立ち並んでいたというアトスだが、ローマ帝国・十字軍・トルコなどの時の覇者たちによる扱いの変遷によって、多大な寄付を受けることもあれば、また弾圧を受けて壊滅状態になったこともあり、宗教地域でありながら、政治に大きく影響を受け続けた。

しかし現在は、修道院としての役割に絞られた質素な宗教活動のみが行われ、それを保証するための自治が認められている。

アトス山の歴史

1988年に、修道院群とともに世界遺産に登録されたアトス山。

紀元前からいくつかの町が興っては消えていったとされるが、詳しいことは分かっていない。修道士たちが住みつくようになったのは、8世紀以降だと考えられているが、こちらも最初にアトス山にやってきたのが誰でいつだったのかは分かっていない。

ごく少数の修道士たちが洞窟や質素な庵で暮らしていたが、9世紀後半に入ると、修道士の数が増えて共同体が作られ、中心となる長が現れ、修道院が建設されるようになったという。

ローマ皇帝の保護を受けて建てられていった修道院の数は46にもなったという。

しかし度重なる火災、略奪、弾圧によってその多くが現存していない。

アトス山の魅力

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アトス山は、修道士たちにとって欲望から離れて静かに祈りを捧げる地だが、旅人にとっても魅力的な場所であることに違いない、

歴史の中で繁栄した、修道士たちの栄華の跡はほとんど残っていない。中世以降は、細々と修道士としての暮らしを賄う以外の活動が行われてこなかったため、アトス山一帯は中世の頃の自然をそのまま残している。ギリシャ周辺には、緑豊かな地域はたくさんあるが、ここではさらに緑の濃さが違うのだ。

また、今でこそ電気も携帯電話の電波もあるアトス山だが、それらの使用は必要最小限度に抑えられ、修道士たちは自給自足で生活している。のんびりと静かに、そして厳かに暮らす様子は現実離れしている。

そして、女人禁制。EUからは差別だとして批判されているらしいが、西洋の地で完全に女人禁制している地域はほとんど残っていないだけに、ある意味貴重である。

アトス山は完全女人禁制

アトス山は一部の修道院や一部の施設だけが女人禁制なのではなく、山全体が「女」を禁じている。神の女マリヤを守護聖人としているところに微妙な矛盾を感じなくもないが、その徹底ぶりはスゴイ。

たとえば、船に乗って海上から近づくにしても、女性が乗っている場合には近づける距離が決められているという。

また、少数ながら家畜も持ち込まれるがメスは一切持ち込みが禁止されているのだそうだ。

また、EUからの再三の批判や女性に対する門戸開放の勧めの声にも耳を貸さず、かたくなに扉を閉ざしているという。日本にもまだ女人禁制・男子禁制地帯はいくつか残されているので、日本人にはまだ受け入れやすいが、西洋人の旅人の中には男女同権を盾に入山を求める例もあるようだ。

アトス山と修道院群

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現在アトス山周辺には20の修道院がある。しかし、一般人の入山を厳しく規制していること、滞在日数が限られることなどから、詳細な調査が行われず、謎の部分がたっぷり残されている。

各修道院は、世界各国の正教会と関係を持ち、保護を受けているとされる。共同体の生活スタイルはそれぞれに微妙に異なり、建築様式なども違っているらしい。

また、修道士たちの手工業による金銀細工・木彫り・壁画・イコンなどによる修道院の装飾も見事だとされ、訪れる人を驚かせている。

しかし、修道院内は一切の撮影が禁止されているため、内部の様子は口述でしか伝わっていない。実際に訪れた人だけが世界に知られていない芸術を味わうという贅沢を体験できるのだ。

アトス山ビザを取得する

入山には巡礼許可を取る必要がある。これは、ギリシャ外務省宗教課が発行する特別なビザ。さまざまな要件を満たす必要がある上、多くの場合申請してから取得するまでに数週間かかるといわれている。

このビザを持たないと、入山するための船に乗ることができない。また、女性はもちろん却下、正教会の信者でなければ優先順位は下がり、認められても4日間のみの滞在となる。

修道士になるため、修道院から招かれてのビザの場合には長期間滞在も可能だが、取得は難しい。

アトス山への入り方・行き方

ギリシャ第二の都市テッサロニキからバスやタクシーで2時間の道のりでアトス半島突端のウラノポリスに入る。

ウラノポリスからは、船でアトス山入り口にあたる港ダフニへ、ダフニからはバスでアトスの中心地であるカリエスへ向かう。

カリエスは自治共同体の政府機能を持つ町で、見かける人々が黒い僧衣をまとい、ひげを生やしている以外は、エーゲ海沿岸でよく見かける古い港町と変わりない。

カリエスからは、各修道院行きのバスが出ている。

宿泊希望の修道院へ到着すると、予定と注意事項の説明を受け、宿坊に案内される。宿泊費や食費はビザ費用に含まれているため、原則無料で寄付程度となっている。

修道院たちと同じ場所で同じ生活を体験できる貴重な機会だ。

アトス山を観光するには

ビザが取れなかった女性をはじめとする旅人たちは、ウラノポリスから出る船でアトス山近くまで行き、海上から崖の上に立つ修道院を見学するしかない。

それでも、女性を乗せた船は、アトスの海岸から500m以内には近づいてはいけないという。

シモノペトラ修道院

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数ある修道院の中でも、シモノペトラ(シモノス・ペトラ)修道院は、330mもの崖の上が修道院、眼下は海というその立地のすごさで知られている。

アトス山はもともと岩山だが、シモノペトラ修道院は、巨大な一枚岩の上に立ち、海に向う堂々たる姿は修道院というよりは、要塞のようだ。

何度も大火に見舞われてきた歴史を持ち、焼け残った部分に新たな建物を足していって出来上がった現在の建物は、20世紀後半にも火災に遇い再建されたばかりだ。

最後に

訪れることができるかどうか、意気込みや努力だけではわからないところが魅力である。

聖地であり修道士たちの祈りの場であることから、観光気分での入山はおすすめできないが、アトス山の持つ聖なる気から、訪れる旅人の中には、信仰心を得る人もいるという。

もしビザを取得できたなら、ただの観光地とは違った体験ができることだけは確かだろう。

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