Sigiriya Rock

狂気と孤独の夢の跡~シギリヤ・ロックに行ってみた感想と写真

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Sigiriya Rock

たった一人の王による狂気と孤独の夢の跡~シギリヤ・ロック

スリランカ中央部の文化三角地帯と呼ばれる地域にある、わずか数十年の栄華の後に捨てられ、忘れ去られてしまう運命を辿った王宮の跡、それが「シギリヤ・ロック」だ。

ジャングルに盛りあがったその姿が、うずくまったライオンのように見えるため、また、その岩肌に彫られたライオンの姿のため、「ライオン・ロック」と呼ばれることもある。

難攻不落とはいえ、建築することも、そして生活をすること自体が難しかったであろう、絶壁に囲まれた岩頸上の王宮は、狂気と孤独の王と呼ばれる一人の王によって造られ、彼の自殺によって歴史からほとんど消し去られてしまった。

世界遺産として登録され、観光と保存の両面から整備されてきている。

地形と成り立ち

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地球の内部でグツグツと煮えたぎっているマグマが、約1万年前の中石器時代に地表に噴出して硬化した岩頸を、要塞宮殿として改造したのが、古都シギリヤだ。

地面から隆起した巨大な楕円柱は標高370m。岩頸そのものの高さは195mで、周囲は切り立った崖に覆われ、侵入者を拒んでいる。

岩頸そのものも遺跡も、年月と風雨による劣化が激しく、残っているのは、王宮として繁栄したころの面影ばかりだ。

要塞都市としての完成度

シギリヤは、市街部と、要塞としての防衛機能、王宮としての華やかさなどを兼ね備えた一つの都市だった。

最上部の1.5ヘクタールに及ぶ宮殿跡には、王座がポツンと野ざらしで残り、ホールであっただろう広場を一人優雅に見わたすように配置されている。現在は、基礎土台部分しか残っていない廃墟だが、当時は当然壁も屋根もあり、華美な装飾が行われていたはず。

一代限りの王は、奏でられる民族音楽に合わせた美しい女性たちの舞を、この玉座から眺めていたのだろう。

現代の見学者は階段で、当時の家臣や使用人たちは階段や長い回廊を使ってせっせと登頂を目指すが、王には専用のリフトがあったといわれている。敵の進入を防げるということは、そこに暮らす人間の出入りも簡単ではないということだ。

岩の形状がうまく使用されていて、岩穴タイプの見張り場や、テラス状の岩場には礼拝所や会議場がところどころに残されている。つっかえ棒を使って巨石を転がり落とすという武器の横には、小さく仕切られた土台跡があり兵士たちの詰め所にでもなっていたのだろうか?

王宮部分へは「ライオンの入り口」と呼ばれる狭い階段から進入する。人一人の幅のこの入り口も、敵の進入を防ぐためだったのだろう。

王宮の周囲は雨水を効率よく集めた貯水池や堀も巡らされていた。堀にはワニが放たれていたらしい。

繁栄と放置が繰り返された歴史

5世紀、シンハラ王朝のカッサバ1世は、父であるダートゥセーナ王に対してクーデターを起こす。親族でもあった軍の司令官ミガラの援けを得て王の座についたカッサバの、自身の母が平民であることから、王族出身の母を持つ弟をけん制するためにとった行動だった。

父王は監禁され、弟は亡命。財宝を要求するカッサバに対し、父王は貯水池を指し示したため、激怒したカッサバに殺害されてしまったとの話が残っている。カッサバには通じなかったのかもしれないが、スリランカにおける水の重要性を示す逸話としても語られている。

カッサバは、シギリヤ・ロックの頂上部に王宮を、そのふもとに街を作った。これには、宗教的に許されない親殺しの罪に気がふれたための狂気の沙汰だとする説や、弟の報復を恐れたカッサバが、難攻不落な要塞を必要としたためだとする説などがある。

カッサバが王として君臨できたのは20年ほど。そのうちの7年余りをシギリヤ宮殿の建設に費やした。

恐れていた通りに弟が亡命先から軍を率いて戻り、劣勢となったカッサバは自らの命を断ち、シギリヤは陥落。都は元のアヌラーダブラへと戻されてしまう。シギリヤ・ロックが王宮として機能したのは、わずか10年ほどだった。

弟王モッガラーナは、シギリヤを仏教僧に寄進し、14世紀頃までは細々と存続していたらしい。

しかし、その後歴史的に空白な時期が続き、16世紀のキャンディ王国が駐屯用の分営地として利用するようになるまでの数世紀の記録はない。

また、このキャンディ王国も、ヨーロッパの植民地政策の影響を受けてポルトガルやオランダ、さらにはフランスやイギリスと衝突と和平を繰り返し徐々に衰退していく。

18世紀後半には、王国としての名は残っていても、勢力はかなり衰退し、シギリヤの地も放棄されて忘れ去られていた。

再び、シギリヤが歴史上の記録に現れるのは1875年のイギリス統治下のことだ。

シギリヤ・レディとミラー・ウォール

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Sigiriya Lady

有名なフレスコ画の「シギリヤ・レディ」は、岩頸の中腹にあり、当時は岩頸をぐるりと巡っていた回廊があったため、岩に300体とも500体ともいわれる色鮮やかな美女たちの絵姿を見て回れるようになっていたらしい。

この回廊は崩落してほとんど残っていない。わずかにミラー・ウォールと呼ばれるツルツルに磨かれた高い壁に囲まれた回廊通路がその名残を見せていて、当時は、壁のシギリヤ・レディたちをこのミラーに映して見ることもできたとか。

シギリヤ・レディは、近隣各国から集められたカッサバの後宮美女たちの姿を描いたとも、親殺しの罪にさいなまれた王が、父王の霊を弔うために描かせた天女ともいわれている。

1400年を越える年月を経て、風雨による傷みが激しく、現在姿を確認できるのは、わずか18体に過ぎない。しかし、ジャングルの中にニョキっと飛び出し、ビル風ならぬ岩風に吹きさらしで過ごした1400年。この18体がよくぞこれだけの彩色を遺していたと驚かされる。

現在は、美女たちを保護するためにカーテンが掛けられている。見学の際には、吹きっさらしの風にあおられながら、落下防止のネットが張られ、絶壁に張り付くように作られた螺旋階段を上りきり、カーテンをめくってやっとその姿を見ることができる。

失われてしまったものと残っているもの

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岩頸中腹には、王宮の入り口となる階段があり、その左右には大きな獣の足が彫られている。岩頸そのものをライオンがうずくまる姿に見立てており、この入り口は「ライオンの入り口」と呼ばれるものだ。

現在残されているのは、鋭く尖った爪をもつ前足の爪先部分だけ。本来この入り口の階段は、その上部に彫られた大きなライオンが開けた大きな口の中へと入っていくように作られていたのだそうだ。

ライオンの顔の部分は、すっかり岩が崩れてしまい、跡かたも残っていないのが非常に残念だ。イメージとしてはエジプトのスフィンクスの岩彫りライオンバージョンといった感じか。

400体以上の美女のフレスコ画も薄れ流れ落ちてしまい、もう取り戻すことはできない。同様に、王宮の姿も現在は想像することしかできず、内部がどれほど装飾されていたかもよくは分かっていないらしい。歴史的に埋もれていた期間が長く、記録が少ないために不明なことの多い遺跡でもある。

遺されている土台部分に赤いレンガが使われていることから、宮殿なども赤い建築物だったのだろう。

階段登りの恐怖とそこからの眺め

Sigiriya Rock3

とにかく強風によって常に吹きっさらされているため、帽子やパンフレットなどは注意していないとあっという間に吹き飛ばされてしまう。

見学者がシギリヤ・ロックを上るには、螺旋階段もしくは、ライオンの入り口から1200段もの階段を上ることになる。それらのほとんどはやはり吹きさらしで、強風にさらされている。

油断すると、帽子どころか体ごと持って行かれそうで、注意が必要だ。高所恐怖症にはかなりの試練となるだろう。

階段通路は、岩肌にへばりつくように組まれているが、幅20~50センチほどと非常に狭く、外側は鉄パイプなどで落下を防ぐ柵が設けられている。よけ合いは不可能なので、段違いに2本の階段が作られ、上下一方通行となっている。

壁にはところどころショベルカーで削ったかのような大きな刻みが横にはいっている。なんと、昔使われていた階段らしいが、ロッククライミングの技なしにはとても登れそうにない絶壁続きだ。

風の恐怖と闘って頂上を踏めば、素晴らしい見晴らしに出会える。ジャングルの中にポツンと存在する巨大な展望台であり、360度の絶景を好きなだけ味わえる。

また、上下水道が整えられていたという説明にも納得させられる、岩肌に作られた溝や沐浴場、眼下に見える水路や貯水池など、水を循環させるための施設が整っているのがよく分かる。

周囲の観光スポット

Golden Temple of Dambulla

15キロほど離れたところにある「タンブッラの黄金寺院」も世界遺産に登録された寺であり、シギリヤに比べ、保存状態がよいことで知られている。周囲には、紀元前からの80以上の石窟寺院がある。

宗教や政治的な争いに巻き込まれることが比較的少なく、保護され修繕されてきたため、また、石窟内という保存に適した環境だったこともあり、仏像や壁画がその歴史を感じさせないほどの美しさを保っている。

「ボロンナルワ遺跡」はシギリヤから車で1時間半ほどのところにある世界遺産。宮殿や閣議場の跡や石像などのほか、仏教寺院、ヒンドゥー寺院が遺されている。僧たちのための病院跡には、人型の浴槽があり、アーユルヴェーダ治療が行われていたとか。

ボロンナルワ近郊には「ミネリヤ国立公園」がある、ジープによるサファリが楽しめる。目的は象。

ぬかるみだらけのでこぼこ道をジープから振り落とされないようしがみつきつつ、カメラも構えるという難しい技が必要だが、象の群れに出会える確立が高く、人気のスポットだ。

注意事項

暑さ対策、風対策が必要。帽子はヒモでもつけておかないと飛ばされてしまう。日陰がほとんどないので、日射病や熱中症にも注意が必要だ。

また、ジャングルの中であり、周囲に水場が多いことから想像されるように、蚊の襲撃にあうことがある。市販の虫よけでは効果のない虫もいるので、肌を露出させないのが一番の予防になる。

猿などの野生動物のほか、茂みを中心に各種爬虫類がたくさんいる。むやみに通路を外れる行動は避けよう。

大きな荷物も、狭い通路でバランスを崩す原因となりかねないので、できるだけ軽装で。現地には、重そうな荷物を持っていたり、階段登りで苦しんでいると、手を差し出してくれる人が待っている。ありがたいサービスだが、ボランティアではないので、チップなどの支払いが必要となる。

最後に

Sigiriya Rock5

緑のジャングルの中にそびえる赤灰色の岩頸。その中腹に大きな口を開けるライオンと頂上に建てられた赤い宮殿。その間を流れる水。

カッサバ王が王座を奪った際の行動から、狂気の王宮とも呼ばれるシギリヤだが、当時の姿は美しく威厳にあふれたものだったに違いない。

風雨にさらされるがままの壁にも、何かが描かれていたのだろうと思わせる、かすかな色彩を見ることができる。記録が残っていないだけに、ますます想像力が刺激される。

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