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セント マーチン島に行ってみた。行き方、島の楽しみ方

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カリブに浮かぶコスモポリタン共同体~セント・マーチン島/オランダ及びフランス領・カリブ海

面積にして約88キロ平米しかない島だが、島の真ん中で二つの国に分断されている。

想像されるように、複雑な歴史や事情を抱えてはいるが、旅人にとってはカリブ海の美しさや明るさといった魅力にさらに付け加えられたスパイスとなり、世界中から観光客が押し寄せている。

また、白い砂浜でくつろぐビキニ姿の観光客のすぐ頭上を大型ジェットが通過していくことから、世界でも有数の飛行機オタクの聖地としても知られている。

一風変わった魅力が詰め込まれた小さな宝箱のような島の楽しみ方を紹介しよう。

「塩の島」としての役割

カリブ族や先住民が暮らしていた小さな島を発見して「セント・マーチン」と名付けたのは、あの「コロンブス」。発見日が、聖人マルティヌスの祝日である11月11日だったことから、名付けられた。

発見されたものの、あまりに小島すぎたためか、スペインの植民地にはならず、海路の発展にともない、水や塩そして食料などの補給基地として利用されるようになった。

この時代、セント・マーチン島は「塩の島」と呼ばれることの方が多かったようだ。

植民地化

海賊や各国の船たちの寄港地にすぎなかったセント・マーチンだが、植民地化を推し進める各国の注目を集めるようになり、また、塩の交易権が島の価値を押し上げたことから、1627年にオランダが植民を開始すると、続いてイギリスやフランスからも植民者が相次いだ。さらに、遅ればせながら発見者であるスペインもまたセント・マーチンを手に入れるべく活動し始めた。

植民地戦争の影響

本国のあるヨーロッパとそれぞれの植民地に戦火を飛ばした植民地戦争は、カリブの小島にもその火の粉を落とした。

1633年にはオランダからスペインへと統治権が移り、それまでの入植者のほとんどが島外へと追放されてしまった。

その後もオランダとスペインはそれぞれに砦を築き、その統治権を巡って激しく争ったが、1648年に本国で繰り広げられていた戦争が終結すると、スペインはカリブ海から興味を失い、セント・マーチン島からも撤退してしまった。

共有される島へ

スペイン撤退後空っぽになったセント・マーチン島には、オランダとフランスが戻り、南北を分割して統治する「コンコルディア条約」を結んだ。

その後もイギリスの介入によって、島はなかなか政治的な安定を得ることができなかったが、1815年の「パリ条約」によって、ようやく領土問題が確定した。

現代の基礎

20世紀に入ったセント・マーチン島では、スペインが持ち込み、主にオランダ領地内で大量に労働力として使用されていた「奴隷」が解放されたことから、プランテーションを基礎とした経済は衰退してしまった。

しかし、セント・マーチン島はその小ささと特殊性を活かして「免税港」となり、さらには豊かな自然資源を生かした観光地として発展していくことになる。

ダッチ・サイド「シント・マールテン」

島南部のオランダ自治領を「シント・マールテン」と呼ぶ。

主要産業はもちろん「観光」。歴史的には「塩」で栄えた地だが、今は「砂糖」が唯一にしてもっとも重要や輸出品目となっている。

セント・マーチン島随一の観光名所である「プリンセス・ジュリアナ空港」と「マホ・ビーチ」は、「シント・マールテン」にある。

さらに、豪華客船からヨットまで、海路の窓口となっている「シント・マールテン港」もある。

フレンチ・サイド「サン・マルタン」

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セント・マーチン島北部にあるフランスの海外準県である。

起伏に富んだ変化ある自然が最大の魅力であり、島の最高峰「ピク・パラディ」、湖や入り江、そして西の海岸部には「シンプソン・ベイ・ラグーン」が広がっている。

中心となる街は「マリゴ」で、素朴な港町といった風情だ。観光開発では、ダッチ・サイドに遅れを取っている感があるが、豊かな自然を生かした大規模開発が現在進行形で進められている、将来有望な観光地だ。

また、近隣の島々との間を定期旅客船が就航しているほか、カリブ海に点在するフランス領との間を結ぶ「グランカーズ・エスペランサ飛行場」もある。

世界的観光地「フレンドリーアイランド」

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歴史的ないきさつはあっても、現在のセント・マーチン島はオランダとフランスそれぞれの影響を受けつつも一つの島として「観光」に力を注いでいる。

また、7万人を超えるとされる小さな島を占める住民たちは、120か国もの国籍を持つ多国籍島でもある。

公用語こそ、英語がメインとなっているが、それぞれの言葉や文化を少しずつ持ち込み、その上でセント・マーチン島でコスモポリタンな共同生活を送る彼らは、外からやってくる旅人たちに対してもフレンドリーだ。

島の楽しみ方

観光客にとっては、ビーチやホテルとレストラン、いくつかの名所で構成されているようにも見えるセント・マーチン島だが、街を歩くとそこで暮らす人々の毎日の生活がそこにあることも感じ取れる。

いわゆる史跡や遺跡などを巡る文化的なツアーはほとんどない。この島での楽しみは、あくまで自然と味と迫力。

自然では、ビーチのほか、ジャングルのような自然味あふれる景観、洞窟、そこで暮らす野生動物を堪能。

味では本国フランス以上に新鮮なフレンチやカリブ料理を味わえる。

そして迫力とは、命がけともいわれる飛行機の離着陸体験のことだ。

エアーオタク垂涎の地

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一部のマニアの間では、「セント・マーチン島」=「恐怖の空港」とつながっているはずだ。それくらい、ここで見られる無料の大迫力航空ショーは有名なのだ。

セント・マーチン島の長距離航空便のほとんどが「プリンセス・ジュリアナ空港」に離着陸している。この空港、島でもっとも人気のあるビーチ「マホ・ビーチ」のすぐ隣にあるため、ビーチの真上を車輪を下した大型ジャンボジェットが超低空飛行していくのだ。

その近距離感は、手を伸ばせば触れることができそうなほど。しかし、想像してみてほしい。

離陸直後や着陸直前のジャンボジェットから排出される爆音と爆風。耳をつんざく音に両手で耳を覆うか、巻き上がる砂煙から目鼻を守るために両手を使うか、はたまた、身の危険を感じて全身を抱きしめてビーチで丸くなるか。そんな迫力をビーチマットやビーチチェアーの上で体験できるのだ。

飛行機の時刻表が立ち、命の危険性があることを伝える看板まで立つビーチは、飛行機ファンにとってはもちろん1日中粘りたい場所であり、一般観光客であっても珍しい体験のできる地として大人気だ。

知られざる食通も訪れる島

この小さな島によくもこれだけのフレンチレストランが、と思わずうなりたくなるほど、大小さまざまなレストランがほとんど乱立状態となっている。

いわゆる星が連なるような高級レストランもあるが、街の気軽なレストランでも美味しいフレンチを楽しめるため、食通たちもまたこの島を楽しみに訪れる。

特にマリゴや「レストラン村」、「レストラン通り」と呼ばれるグラン・ケースでは、心行くまでフレンチを味わえる。

最後に

日本からは、アメリカ・ニューヨークやカナダ・トロントを経由してほぼ1日がかり。昔も今も、距離的に非常に遠く、なかなか脚を伸ばしにくい地域だ。

しかし、ツアーに乗って有名観光地を巡るスタイルから自分好みの手作りの旅スタイルへと徐々に移行しつつある日本人の旅感覚は、このセント・マーチン島もターゲットに含み始めている。

アメリカ人やヨーロッパ人のとっておきの場所ともいわれるこの小さな島、ありきたりの旅に飽きてきた旅人にとって魅力的な場所となるだろう。

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