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フランスと中国と東南アジアのミックスシティ~ホーチミン市を訪れて

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単一民族で、他国の影響を受けることなく発展した都市は、世界にどのくらいあるだろうか?

現在、旅人達が訪れる多くの都市は、歴史の中でさまざまな民族が混ざり合い、融合したり衝突したりしながら、街を魅力的にしていることが多い。

ここ、ホーチミン市もその一つだ。

東南アジアのカンボジア、中国、ベトナムの民族たちが混じりあい、フランス、日本、アメリカの統治や支配を受けてきたホーチミン市は、その全てを受け止め、今、独自のスタイルで発展を続けている。

ホーチミン市を占めるキン族

ホーチミンで暮らす人々は、南国風の明るい気質と仏教徒としての大人らしさの両面を持っているように感じる。

ホーチミン市では2010年時点で700万人を超える住民が暮らしているうえ、年に20万人ずつ増加を続けているそうだ。

住民の大多数を占めるのはキン族。東南アジア最初の青銅器文化を発達させたといわれる民族だ。東南アジアの他地域のように、インド文化ではなく中国文化を受け入れたのは、キン族の起源が中国にあるからともいわれ、1000年以上にわたって中国に支配を受けた歴史を持つ。

しかし、ベトナムが中国に完全同化することはなかった。

ベトナム語と英語と中国語

ベトナム語が公用語だが、出身地域や居住地域によってアクセントが異なる「方言」を持つ。また、中国系ベトナム人には広東語や福建語などの中国地方言語を話す人が多い。

また、観光都市・経済都市としての発展著しいホーチミン市では、英語を話す人も多く、観光で言葉が通じない苦労を経験することは比較的少ないようだ。

ホーチミンの生活の様子

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ベトナムは省で行政単位が区切られているが、ホーチミンは市でありながら、省と同格の自治を行っている。

市内には、経済を支える市場やショッピングセンター、そして金融機関が数多く見られ、世界各国の大企業の進出により、郊外には工業地区が広がっている。日系企業の支店・工場も多い。

仏教国のイメージがあるが、実際のところ、仏教徒は住民の半数程度に過ぎない。仏教に次いで人数を占めているのはカトリック教徒で12%程度。そのほかは、少数民族やさまざまな宗教信徒が混沌として存在している。

街には、ビジネススーツを着込んだ男性がいるかと思えば、天秤棒を担いだおじさんもいる。美しい民族衣装姿を見かけることもあれば、すすけたシャツに穴のあいたズボン姿も多く見かける。

アジアの都市に多い、住民間の激しい経済格差がここにもあることが分かる。

ホーチミンが持つ文化

住民のほとんどがベトナム人、それもキン族だが、周辺地域からの地方出身者がどんどんと流入しているため、言葉や習慣などの文化は混じりあい、独特の「ホーチミン文化」を創り出している。

中国支配が長かったためか、商売熱心な性質を持ち一見近寄りがたいオーラを持つホーチミン市民だが、いったん懐に入れば、家族同様の扱いを受けるほどの親しさを見せてくれる面も持ち合わせている。

また、長く戦争によって翻弄されてきた地域らしく、留守を守り続けてきた女性が強い。

娯楽としての文化にも精通している街だ。さまざまな演芸が日夜上演されている劇場が何件もあり、街にはアートスペースが多く、伝統的なものからモダンなものまで紹介されていて興味深い。

ホーチミンの歴史~フランス植民地化まで

古くは、カンボジア系のクメール人が暮らしていた小さな漁村だったが、中国の影響を大きく受け、中国王朝が混乱するとその遺臣を受け入れて漢民族が入植、さらには、難民化したベトナム人に定住を許した結果、ベトナム系住民が徐々に増加し、「ベトナム」の基礎が作られていった。

17世紀後半、カンボジアの勢力が弱まった隙に、ベトナム人たちは独自の政治機構を構築しはじめた。またこの頃、ザーディン城と呼ばれる要塞が建築されたが、19世紀のフランス人との戦いで破壊されている。

フランスによる占領は1859年におこった。サイゴンと呼ばれたホーチミン市は、フランス領インドネシアの港として急速に発展していった。

現在も残る西洋風の建造物はフランス植民地時代の名残だ。「東洋のパリ」、「極東の真珠」とは、そんな背景を持つホーチミン市の別名である。

ホーチミンの歴史~サイゴン解放まで

ベトナム帝国阮朝最後の皇帝「バオ・ダイ」は、フランス留学経験を持つインテリで、帰国後はフランスからの自立を目指し、内政改革を行った。

太平洋戦争末期には、日本軍がフランス軍を制圧したことを受けて、ベトナム帝国を樹立し初代皇帝となった。その際、サイゴンは首都として定められた。

しかし、ベトナム八月革命によって退位。ベトナム民主共和国樹立後は政府最高顧問に任命されるが中国に亡命した。

第二次世界大戦後のベトナムは、南北に分断され、サイゴンは南ベトナムの首都となった。米ソの争いに巻き込まれた形のベトナムは、アメリカ軍の撤退によって、北ベトナム軍側の勝利として戦争を終えた。これが「サイゴン陥落」と呼ばれる出来事で、現地ベトナムでは「サイゴン解放」と呼ぶ記念すべき日となっている。

戦争を終えたホーチミン市

南北が統一されたものの、軍の支配下となり社会主義化が進むと経済が悪化、華僑の多くがサイゴンを見限って去っていった。

1976年になってベトナム社会主義共和国が成立すると、共産党指導者でありベトナムの父とも呼ばれる「ホー・チ・ミン」の名をとり、サイゴンはホーチミン市となった。

1986年以降には、「ドイモイ」政策によって、経済や外交が大きく改革され、ホーチミンを代表とするベトナムの都市は大きく発展を続けている。

サイゴンとホーチミン

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この地域の古い名称は「プレイコール」。地名というよりは、地質や地形を表す言葉に近く、「森の中の土地」を意味するクメール語が由来とされている。

その後、ベトナム人の入植により、ベトナム名「ザーディン」も使用されるようになった。

サイゴンと呼ばれるようになった時代も理由もはっきりしていない。しかし、ベトナム人たちはベトナム語に、中国系住民は中国語に、カンボジア系クメール人たちはクメール語にそれぞれ起源を求めている。

「ホーチミン市」の名称は、ベトナムの指導者である「ホー・チー・ミン」にちなんでいるのは言うまでもない。正式名称となったのは1975年とまだ日が浅い。そのため、現在もベトナムでは「サイゴン」と呼ぶことの方が多いくらいだ。

ホー・チ・ミンとホーチミン

ベトナム革命を指導した政治家であり、初代ベトナム民主共和国の首席である。

儒学者の家に生まれ、論語を学ぶ幼少期を過ごしたという。成人すると、国際航路船の見習いコックとなり、フランスをはじめ世界各国を見て回り、フランス語と英語を学んだ。

政治活動を開始したのは、パリでのこと。第一次世界大戦後のパリ講和会議では、植民地ベトナムにも、本国フランス人と同等の権利を保障するよう要求する嘆願書を提出し、「ナショナリスト」としての名を高めた。

その後、ロシアで共産主義者としてのスタートを切ると、ベトナム独立という目標に向けて精力的に活動し始める。

第一次・二次世界大戦を過ぎ、30年ぶりにベトナムへと戻ったホー・チ・ミンと「ベトナム独立同盟(ベドミン)」は、日本の支配から解放されたベトナムに革命を起こし、「ベトナム民主共和国」を建国するも、戦勝国である連合国側に承認を得られず、ベトナムは南北に分断される事態となってしまった。

独立を求めて戦ったインドシナ戦争でフランスを撤退させるが、続いて対アメリカ戦ともいえるベトナム戦争へと突入していく。

ホー・チ・ミンは、サイゴンが解放される日を待つことなく亡くなるが、その清廉潔白さや無私無欲な人柄は、今も広くベトナム人に愛され親しまれている。

そしてサイゴン解放の日に、「サイゴン」は「ホーチミン」市へと正式に解明された。

観光のポイントは?

Gourmet Shopping

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「散策・グルメ・ショッピング」、旅の楽しみ3種が満載の街がホーチミン市だ。

街角でも、食事でも、そして買い物でも、東南アジアらしい活気あふれる路地とフランス植民地時代の名残であるコロニアル調の建造物が立ち並ぶ通りが混在し、喧噪と優雅さが隣り合わせの不思議なギャップを味わうことができる。

ベトナム随一の大都市であるにもかかわらず、街そのものはこじんまりとしていて、健脚の持ち主ならば、歩いて回れるくらいの規模だ。

一方、街の交通は大混乱を極めていて、乗り物に乗るには、勇気と交渉能力が必要だ。また、入り乱れるバイクやトラックたちの排ガスと暑さで日中は息苦しいほど。時間配慮と交通手段の検討は、ホーチミン市観光で欠かすことのできない要件となる。

おすすめ散策路~ドンコイ通り

ドンコイ通りは、ホーチミン市の観光最先端地域。

コロニアル調のビルと高層ビルが立ち並び、おしゃれなカフェ、高級レストランやショッピングセンターなどが集まっている。フランス統治下に建てられた「市民劇場」、「革命博物館」、「聖母マリア教会(サイゴン大教会)」、「中央郵便局」などが見逃せないポイント。

ドンコイ通りの別名は、「ホーチミンのシャンゼリゼ通り」である。

おすすめ散策路~ビンタイ市場

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ホーチミン市を訪れる旅人が必ず足を向けるのが「ビンタイ市場」。ホーチミン市の中心にある市場の中でも、ローカル色の濃さが人気のようだ。

チョロンと呼ばれる華僑の街の西にあり、巨大な市場の中では、庶民の生活に必要なものなら何でも売られているイメージだ。小売りでなく、卸売りもされているため、品揃えと取扱い量は半端ない。漂ってくるニオイと商売人の熱気にあてられそうだ。

ビンタイ市場近辺には、「中国」的な寺院はあまり見かけない。それでも、散策していると漢字を多く見かける。また、路地で地元のおじさんおばさんが食べている食事が飲茶だったりする。屋台料理も豊富で、手軽な中華料理を楽しめる嬉しいエリアだ。

代表的な見どころ~フォングーラオ通り

バックパッカーたちが集まるエリアであり、庶民的だが安全面の注意も必要な地域。通りを走るバイクや車のスピードや運転も心拍数も心なしか上がり、道を横断するのも一苦労。

庶民の暮らしと外国人バックパッカーが共存する地域として有名だが、ホーチミン市の発展に伴い、徐々に再開発が進められている。その証拠に、通りを少しそれると、ゲストハウスよりも少しだけ上等なブティックホテルが建てられているのに気づく。

また、それに合わせ、こ洒落たカフェや土産物店も増え、街の様子は徐々に変わってきている。

空港からバスがあり最初の宿を求めるのに便利な地域だ。

ホーチミンで食べるべき物~フォー

ベトナム料理店はまだ日本には多くない。しかし、その味は日本人好みらしく、一度食べるとファンになる旅人が多いのも事実のようだ。

カンボジアなどとともに東南アジアとしての食文化に、中国とフランスのエッセンスが加えられたベトナム料理は、辛みはあっても抑えめで、脂っこさは控えめなヘルシーフード。ハーブの使い方もシンプルであまり気にならない。

ベトナムの味として有名な「フォー」は、透き通ったあっさり塩スープに入った米粉の麺。薄切り牛肉とレモングラスがトッピングされ、ライムをたっぷりと絞って食べる庶民のごちそうだ。

日本のラーメン同様、地域ごとに異なる特徴や風味を持つフォーは、ホーチミン市内でも、さまざまなバリエーションが楽しめる。

また、地域差だけでなく予算でもその味は異なり、屋台で音を立ててすするフォーから高級レストランで静かに喉に滑り込ませるフォーまで、味も食べ方もさまざまだ。

ホーチミンで食べるべきもの~フランスパンサンド

麺や春巻きに飽きたら、街角の売店やカフェで売られるフランスパンサンドイッチがおすすめ。

生春巻きの中身をそのままフランスパンに挟んだものや、パテやソーセージと野菜を挟み込んだものなどがあり、朝から夜まで、ビジネスマンやOL.学生たちが列を作って買っている。

ベトナムの街角で食べるフランスパンサンド、フランス統治の歴史を想えば不思議はないのだが、やはり、ローカルな街角でみると不思議な光景だ。

このフランスパンサンドのお供にぴったりなのが、ベトナムコーヒー。練乳がたっぷり入っているコップに、時間をかけて濃いコーヒーをドリップしていく。濃厚な味があっさりしたサンドイッチによく合う。

ショッピング~お土産

高級店よりも市場などのほうが、ベトナムらしいお土産を見つけやすい。

最近日本でも人気となっているアジア風のキッチュな雑貨も多く、買い付けに訪れる人もいるようだ。雑貨のほか、オーダーできる民族衣装や、バッグや靴などの革製品が山積みにされている。

そしてベトナムコーヒーの豆とコーヒーキットも人気のお土産だ。

ショッピングで気を付けたいのは、基本的にどんな店であっても定価というものが存在しないこと。

物価の違いもあり、まっとうに値段を尋ねても、ぼったくられるばかりの場合が多い。何件もの店を回って、価格の相場を想像することが大切だろう。

また、品質においても、店側ではなく購入する側の責任でしっかりと確認する必要がある。商品を手に取って隅々まで確認し、金額も言葉だけでなくメモなどに数字で書いて確認してから購入するのがおすすめだ。

ショッピング~ホーチミン市民の味

市場の雑貨店や街中のコンビニを覗くと、日本では見かけないスナック菓子がたくさん売られている。自分のおやつにはもちろん、手軽なお土産としても珍しがられて喜ばれる。

また、美味しそうな果物や野菜は日本へ持ち帰ることこそできないが、現地でなら食べ放題。宿で朝食がわりに、夜食がわりに、外出中の水分と糖分補給にと活用したい。

街角では、ベトナム風あんみつや中国風の蜜がけ豆腐などが売られているのをよく見かけ、暑さにくたびれた体が欲しがるのを感じる。

最後に

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経済発展著しいベトナムの中心であるホーチミン市は、観光地としてもその存在を世界に知られている。

近年は政治的な安定が続いているため、海外からの駐在員も増え、街では各国料理の店を多く見かけるようになった。

住民が増え、旅人が増えたホーチミン市だが、植民地時代の影響もローカルパワーも、観光資産として懐に抱え込み、今日もたくましく成長を続けている。

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