Papal Basilica of Saint Peter

世界一小さな国の世界一の教会~サン・ピエトロ大聖堂を見学してみた

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Papal Basilica of Saint Peter

世界一小さな国の世界一の教会~サン・ピエトロ大聖堂

サン・ピエトロ大聖堂は、国境もなくパスポートチェックもない国「バチカン市国」にある。バチカン市国は、その国土全てが世界遺産に登録されている。

バチカン市国は、サン・ピエトロ大聖堂のほか、バチカン宮殿、システィーナ礼拝堂、バチカン美術館などを含み、イタリアの世界遺産である「ローマ歴史地区」、「教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂」とは、隣り合っている。この辺りは一大世界遺産集中地域だ。

サン・ピエトロ大聖堂は、カトリックの総本山的存在であり、バチカン市国は、イタリアとの間にあった長期にわたる確執も現在はなくなって、独立国家として認められている。

世界一の小国の中心となる教会は、誰もが自由に出入りでき、世界に向かって開かれている。

聖ペテロにまつわる言い伝え

Founder of St. Peter's Basilica

サン・ピエトロ大聖堂とは、聖ペトロの墓所を祀るために建てられた聖堂とされているが、実際の聖ペトロの死の地や墓所は明らかになっていない。当初は教会堂として建設され、司教(教皇)の座所としての役割は持たされていなかった。

聖ペトロの殉教地がローマだとする説は古くからあり、20世紀に行われた発掘作業では、ネクロポリス(墓地)が大聖堂の地下で発見された。その後の調査や発掘された遺物から、古くから信仰の対象であった墓地であることは判明するも、聖ペトロのものである確証はなく、現在もその点は不明なままだ。

そのほか、暴君として知られるネロが、残虐な見せものを楽しんだ競技場「ツルクス」があったとされ、そこで処刑された多くのキリスト教徒の中に聖ペトロがいたとの説もある。

初代サン・ピエトロ大聖堂

ローマ帝国皇帝コンスタンティヌス1世は、キリスト教を受け入れて帰依した。そんな彼によって、ネロの競技場とネクロポリスの上に建てられた聖堂の一つが初代のサン・ピエトロ大聖堂である。

4世紀初めに着工し、5世紀中頃までかけてようやく完成したといわれる。その巨大さは、現在のサン・ピエトロ大聖堂に負けないほどだった。

聖ペトロの墓所への巡礼者を集めた、このバシリカ式教会堂は、16世紀に新しい聖堂が建設されるまで、聖ペトロを慕う巡礼者たちの信仰の中心となっていた。

この建物は現存していないが、残っているデッサンや絵画などの資料からその姿を知ることができる。

現在のサン・ピエトロ大聖堂の誕生

14世紀には既に、老朽化した初代サン・ピエトロ大聖堂の建て替え構想はあったという。歴代の教皇たちが、それぞれの思惑を胸に様々な改築・増築案を出したが、いざ計画が推し進められる段になると、建築家たちによる計画案は膨らみ続け、全面的な建て替えへとつながっていった。

旧大聖堂を壊して建て直すことは、公式には発表されなかったものの、実際の建物は自然倒壊の恐れがあるほど傷んでいたとされ、結果としては残されなかった。

計画された新しい大聖堂も壮大な規模であり、当時の技術では把握しきれないものであったため、全体像を知る者は少なく、工事はなかなか捗らなかった。

時代毎に著名な建築家たちが大聖堂の設計・建築に着手するも、自身たちが加える変更だけでなく、さらにその時代の教皇の希望を取り入れる必要もあり、工事は進展しないまま、いたずらに年月ばかりが過ぎていった。

また、宗教革命や、ローマ略奪などの影響もあり、貴重な資料が多く失われ、工事はとん挫してしまう。

16世紀半ば、大聖堂の建設が軌道に乗ったのには、既に晩年を迎えていたミケランジェロが17年間にわたって、設計を担当したことが大きい。

彼は、これまでの複雑すぎる設計や技術的問題点を改め、出来上がっていた部分の半分以上を破壊して縮小することで、コスト削減にも努めた。現在の大聖堂の基礎はミケランジェロによるものだ。

老齢ながら、超人的なパワーで建築を推し進めたミケランジェロが亡くなってからも、ローマ全体で都市の再開発が行われ、大聖堂の完成も突貫工事で進められた。聖堂の中心となるドームが完成を見たのは1612年のことだ。

建設に携わった歴代の設計士たちと芸術家たち

ラファエロ・サンティはルネサンス期を代表する画家であり建築家でもある。37歳という若さで死去したが、バチカン宮殿には「ラファエロの間」と呼ばれるフレスコ画の部屋が4つあるほど、ローマ教皇との関係は深かった。

彼がサン・ピエトロ大聖堂の建築責任者であった期間は短く、設計の大部分は後の建築に反映されなかった。

ラファエロの跡を継いだのがサンガッロで、質素だと言われたラファエロの設計とは対照的に非常に凝ったものだったが、彼の案もまた、彼の死後ミケランジェロによってほとんどが破棄された。

ミケランジェロの跡は、建築コンペによって選ばれたカルノ・マデルノによって引き継がれた。マデルノによって、旧聖堂は取り壊され、ミケランジェロのプランに沿って、大聖堂に必要な身廊や礼拝室、ファサードなどが付け加えられていった。

完成間際となった大聖堂に最後の手を加えたのは、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニであった。彼は、バロック期を代表する彫刻家・画家・建築家であり、古代遺跡が残るローマを彼が美の都へと生まれ変わらせたといわれたそうだ。

彼の作品としては、大聖堂の巨大なブロンズ製の天蓋が有名だ。続いて、ファサードの鐘塔に取りかかるが、地盤の緩さから基礎のみが作られた状態で放置されていたものを、ベルニーニが工夫した設計を元に建築を再開。しかし、亀裂が発見されたために撤去され、教皇の庇護を妬むライバルたちによってスキャンダルに巻き込まれた。その後、鐘塔は現在も建造されていない。

サン・ピエトロ大聖堂におけるベルニーニの再起となったのが、サン・ピエトロ広場の設計だ。140人の聖人像の立つコロネードもまたその一部だ。ベルニーニはほかにも、大聖堂とそれを取り巻く周辺の装飾に大きく貢献した。

サン・ピエトロ大聖堂を構成する建物たち

That Elevator

大聖堂のクーポラは、聖堂の右側にあるエレベーターから上るが、まずエレベーターに1時間は並ぶ覚悟が必要だ。階段を使用して上ることも可能。

エレベーターの終点は、ルーフの上。大聖堂の上から広場を見下ろす聖人像の背中がすぐそこに見える。

そこから、ドームの上までは狭い320段の階段を行列してゆっくりと上っていくことになる。不思議な傾ぎ方をしている階段をぐるぐると上ること数十分。ようやくドームのフレスコ画を間近にみることができる。

さらに、クーポラの上に出ると、バチカン市国を見わたすことができる絶景ポイント。決して広くはないクーポラの屋上部分は400年近い歴史遺物でもある。そこに数百人の観光客がひしめいていると、ちょっと不安な気持ちになったりもする。

ファサードは2階建てになっていて、屋上部分には聖人13体が立ち、その下の2階のバルコニーは教皇が姿を現す場所だ。

聖堂につきものの身廊には、ミケランジェロの「ピエタ像」を防弾ガラス越しに見ることができる。

礼拝堂がいくつも並んでいて、それぞれに美術館にないのが不思議な有名絵画などの芸術作品が目白押しだ。

周辺観光

St. Peter's Square

St. Peter's Square2

サン・ピエトロ大聖堂とサン・ピエトロ広場は切り離すことができない。

広場には、4列のコロンナートと呼ばれる柱の列が楕円形の広場を取り囲むように建てられている。中央にはアレクサンドリアから運ばれてきたオベリスクとその両側に噴水がある。噴水・オベリスク・噴水の中間地点には円盤が埋め込まれていて、そこから列柱を見ると、4列あるはずの柱が1列に見えるとか。

また、ダ・ヴィンチ・コードで有名になったダン・ブラウンの作品「天使と悪魔」には、このオベリスクの周囲にあるベルニーニの残した道しるべが重要な役割を果たすシーンがある。

訪れる前に知っておけば、現代芸術である小説や映画を通した楽しみ方もできる。

もちろん、博物館で正しい歴史を学ぶこともできるので、「バチカン博物館」や「バチカン美術館」も見逃せない。

スタンダール症候群

イタリアを訪れた観光客のかかる病に、「スタンダール症候群」がある。あまりに膨大な芸術たちに圧倒され、少しでも多くを見て回らなければという脅迫観念に襲われて観光を楽しむ余裕を失ってしまうというもの。この病にかかると、頭痛やめまいなどに悩まされるらしい。

見どころの多さが引き起こす不思議な病として、フィレンチェの精神科医が発表したものだという。

限られた時間であっても、出来る限りの観光を楽しみたいのは万人に共通の心理。イタリアに限らず、世界中で頭痛に悩む観光客にも伝染している恐れがありそうだ。

注意事項

サン・ピエトロ大聖堂は、肌の露出が多いと入場時に注意され、大判スカーフのようなもので隠すよう指示される。

ガイドツアーもあるので、時間に限りがある人は入場がスムーズになるため、方向音痴な人は、同じ個所をグルグル回ることを防げるため、おすすめする。

キリスト教の祭日には礼拝が行われていて、一部見学が出来ない箇所もある。日曜日にもミサがある。パイプオルガンや聖歌隊の歌が聴けるなど、普段とは違った雰囲気を味わうことができるというプラス面もある。

最後に

Papal Basilica of Saint Peter2

信者だけでなく、世界中の観光客が訪れる世界最大級の大聖堂は、そのまま美術館として開館できる芸術作品の宝庫でもある。

長い年月、紆余曲折を経て完成した姿は、複雑で荘厳だ。希代の芸術家たちが、教皇たちの庇護の元で競って設計した巨大芸術品といえる。

そこを訪れた人しか感じることのできない感動を、写真、動画、そして言葉で表現してみませんか? あなたの旅の話を聞かせてください。

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