中世の街並みが残る古都市ローテンブルク旧市街を歩いてみた

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中世の街並みを守るドイツの古都市~ローテンブルク旧市街

「ローテンブルク旧市街(ローテンブルク・オプ・デア・タウバー)」は、17世紀の街並みが保存されたドイツの観光都市。

石畳の路地、軒下にぶら下がるアンティーク調の看板、オレンジ色の切妻屋根と木枠の壁が特徴の家々の窓からは、色とりどりの花があふれるように咲いている。

そんな古き良き時代のドイツへとタイムスリップを体験しようと、世界中から旅人が訪れる。

ローテンブルクの宗教的背景

ローテンブルクでは古くから、カトリック系のドミニコ会、フランシスコ会などの会派が、競って独自の教会や修道院、そして病院などの社会施設を建設し、街の発展に貢献してきた。

また十字軍遠征により、「聖血」がローテンブルクにもたらされ、周辺各地からの巡礼者が訪れるようになったことで、街はますます発展した。

巡礼の中心となったのは、「聖血」がおさめられた聖ヤコブ教会。竣工・増築に170年もの月日が費やされたその姿を、現在も見ることができる。

16世紀に入ると、プロテスタントの波が押し寄せるようになり、ローテンブルクでも宗教革命による改宗が行われた。

しかし、17世紀には、カトリックのティリー伯によって街は陥落。その際の逸話が、現在もローテンブルクを代表する歴史劇「マイスタートゥルンク」として語り継がれている。

歴史概要

ローテンブルクの歴史は古く、紀元前500年頃から存在していたとのこと。

10世紀に、地方貴族の城が「オプ・デア・タウバー(タウバー川を望む丘の上)」に建てられたことが、「ローテンブルク・オプ・デア・タウバー」という名の由来だといわれている。

この地方貴族の家系が断絶すると、神聖ローマ帝国の影響下に置かれるようになる。

ローテンブルク市として認められたのは12世紀のこと。街は徐々に要塞化され、塔や城壁が造られていった。現在も街の観光の中心となっている「レーダーアーチ」、「マルクス塔」はその頃に建てられてものだ。

神聖ローマ帝国内の自由都市として、徴税権や関税権を認められたローテンブルクは、14世紀には城壁内外に合わせて2万人近い居住者を抱えていたといわれ、もっとも繁栄していた。

その後、17世紀の三十年戦争とペストの大流行によって、多くの死者と被害が出たローテンブルクは、都市としての繁栄も経済力もそして重要性をも失っていき、近代化の波に置き去りにされることとなる。

大同盟戦争・フランス革命を通し、街は損害を受けつつも徐々に再建されていく。

しかし19世紀初頭、神聖ローマ帝国の抱えた負債の影響で、500年に渡って独立都市として存在してきたローテンブルクはバイエルン領に併合され、多くの歴史的建築物や土地が売却されてしまった。地方名家も土地を追われてほかの地域へと移住していき、ローテンブルクは、急激に衰退していく。

ナポレオンによる侵攻、ドイツ連盟加入など、周辺国の勢力争いの影響を受けたローテンブルクだったが、1871年にドイツ帝国が成立すると、鉄道開通による観光客の増加や工業化が進み、街は復興し始める。

またこの頃には、戦前の中世ヨーロッパの趣を残す街として人気の観光地となり、街並みは法的に保存されるようになるなど、観光都市としての道を進み始める。

しかし、またしても戦争の影響でローテンブルクは、大きな損害を被ることとなる。

第二次大戦終戦直前の空爆により、当時保存されていた歴史的建造物の約40%が、損傷または破壊されてしまったのだ。この空爆に続き、砲撃による進軍も計画されていたが、連合国側の指揮官が、ローテンブルクを訪れ魅せられた母親の影響から阻止したとの逸話が残っている。

さらに、ドイツ側の指揮官もヒトラーの命令を無視して降伏し、街は完全に破壊されることなく残った。

戦後に中世の姿に再建されたローテンブルクは、市町村再編によって、「ローテンブルク・オプ・デア・タウバー郡」が廃止された後、アンスバッハ郡に編入された。

古き良き街並みが残った理由

16世紀の三十年戦争とペストの大流行の影響は、街の発展をそこで止めてしまい、結果としては、街の中世の姿のままで保存することに貢献した。

しかし、度重なる戦争によって、ローテンブルクは半壊状態となってしまう。
戦後、ローテンブルクの再建は、幸いにも多くの大都市のように現代風のビルを建てる代わりに、失われた中世の姿そのものへ戻す方向へと進められた。

その費用には、占領国であり街を破壊した米国の資金援助をはじめ、世界中からの寄付が充てられた。

現在も、街は行政・住民・観光客らの協力により、数百年前の姿を保ち続けている。

マイスタートゥルンク

街の祭りなどで必ず演じられるのが「マイスタートゥルンク」を元にした劇。
三十年戦争時に、カトリックのティリー伯が、当時はプロテスタント・ルター派だったローテンブルクに、軍隊の宿営所を提供するよう求めたが、街が拒否した時の逸話として語られている。

「街に火を放ち、略奪する」と脅迫したティリー伯に対し、街の参事たちは、なみなみと注がれたワインで歓迎。ティリー伯の、「これを一気飲み出来る者がいれば、街に危害を与えない」との言に応えたヌッシュ市長が、3.25リットルのワインを飲み干し、街を救ったというあらすじだ。

この「マイスタートゥルンク」、中世ドイツでならありえそうな逸話だが、史実ではないらしい。話の出どころはいったい?

街の位置とアクセス

「ローテンブルク旧市街」は、ドイツ南部バイエルン州ミッテルフランケンのアンスバッハにある大規模郡都市「ローテンブルク・オプ・デア・タウバー」そのもの、またはその中心地をいう。

タウバー渓谷沿いに位置する「」の一部でもあり、大小39の地区から成っている。旧市街地は丘の上にあり、城壁を隔てて、林や森に囲まれている。

古城街道とロマンティック街道の交差点に位置し、ロマンティック街道起点の街「ヴェルツブルク」へは北へ約100キロ、古城街道を東へ行くと「ニュルンベルク」の街へとつながっている。

幹線鉄道であるヴュルツブルクーアンスバッハ線から分岐した近郊鉄道の終着点でもある。周辺地域間の移動は鉄道、もしくはバスが主となる。

ゆっくりと徒歩で楽しむ街

旧市街はぐるりと古い城壁に囲まれている。その城壁に沿って街を一周すると2時間程度。城壁には、街の復旧に寄付をした世界中の「ローテンブルク旧市街」ファンの名前が入ったブロックがはめ込まれていて、日本人の名も見られる。

この街では、名所だけをつまんで駆け足で回るのではなく、街の雰囲気に合わせて、ゆっくりとしたスピードでの街歩きが似合う。

または、客待ちをしている馬車のタクシーに乗って石畳をガタガタと走れば、中世気分がますます高まり、古都の雰囲気をさらに味わえる。

街の周囲にはサイクリングロードが整備されていて、長距離を自転車で移動するサイクリストたちの姿も見かける。街中の移動は徒歩で十分だが、城外へ出て、林や渓谷沿いを自転車で走るのも気持ち良さそうだ。

滞在方法

観光地や都市にあるような高層高級ホテルは、法律上城壁内に建てることができないため、存在しない。

ローテンブルク市街のホテルは、由緒ある歴史的な建築物であることが多く、もちろんアンティーク調。建物だけでなく、調度品なども雰囲気あるものが使用されているので、宿泊しなくとも覗いてみたい。

旅行者の多くは、レストランが経営する宿の「ガストホーフ」や、朝食だけを出す簡易宿泊所の「ホテル・ガルニ」を利用している。日本の旅館や民宿のような存在だ。

ほかに、ヨーロッパをキャンプしながら巡っている人々が利用するキャンプ場やユースホステルがある。

このユースホステルは、中世には粉ひき場だった建物であり、リーズナブルな料金で歴史的建造物内に宿泊するという貴重な体験ができる。

地物を食べて飲もう

ローテンブルク名物の揚げ菓子「シュネーバル」は是非食べておきたい。直径10センチ程の丸いお菓子だ。ビニール袋に入れて小さく砕くと食べやすい。

ジャガイモ料理や肉料理など、こってりと重たい食事が多い印象だが、地物のワインや軽いビールなどと一緒に食べるとよい。

乾燥した気候のため喉が渇きやすく、また喉ごしのよいアルコール飲料が多いため、気づいた時には飲み過ぎなんてこともありそうだ。水分補給はノンアルコールで。

ショーウィンドウとアンティーク看板

街の商店のショーウィンドウには、その店の商品がかわいらしく展示されていて、1軒ずつ覗きこんで歩きたいほど。

また、ワイヤーで作られたオシャレな看板は、その店で扱っているものを表現していて、ドイツ語が読めなくても、なるほどと感心させてくれる。

おすすめの見どころ

2本の道路に挟まれた三角形の小さな広場を「プレーンライン(小さな場所)」と呼び、もっとも中世らしさを味わえる景観として人気。

中世ローテンブルクの繁栄の中心となった「聖ヤコブ教会」は、建てられた当時の初期ゴシック様式を保っている。聖血の祭壇の彫刻は見ごたえがある。

「マルクス塔」、「レーダーアーチ」は、古い市壁に設けられた門。街のあちこちからいくつかの塔が頭を出している様子を見ることができるが、12世紀頃の歴史的建造物とそうでないものとがある。

「マルクト広場」の「市参事会酒宴場の仕掛け時計」は、正時に合わせて扉が開き、「マイスタートゥルンク」に登場する将軍と市長が現れてグラスのワインを飲み干す。季節ごとに仕掛けの働く時間帯が変わるので、要チェック。

同じ広場の市庁舎の塔には上ることができ、高さはさほどではないが、周囲に高い建造物がないため、街全体を見渡せる絶好のスポットだ。しかし、華奢な鉄柵だけの空間は、高所恐怖症でなくとも足がすくみそう。

ローテンブルク観光のハイライトは「夜警ツアー」。黒いマントに角笛と斧を持った夜回り番人姿のガイドが、夜の旧市街地を案内する。参加希望者は各自マルクト広場に集合。英語ガイドツアーもあり、予約は必要ない。

「クリスマスビレッジ」と呼ばれる店は、年中クリスマス気分が味わえる不思議な場所。季節外れでも、ついつい足を止めたくなる魅力がある。

少しグロテスクな展示もあるが、「中世犯罪博物館」も人気。各種拷問器具が所せましと並べられている。中世の刑罰は、庶民にとっては珍しいショーのような存在でもあったため、拷問とはいっても、どこかユーモラスなものも多い。

最後に

まるで絵本か画集の中に入り込んだような、または、中世ヨーロッパ風テーマパークを訪れているような、かわいらしい街「ローテンブルク旧市街」。

城壁内は歩いて数時間あれば、見て回ることができ、街で宿をとらず日帰りでも訪れることができる。

しかし、ローテンブルクは作り物ではなく本物の街なので、いくら時間をかけてもかけ過ぎということはない。街の雰囲気を、ゆっくりと見てしっかりと味わいたい。

また、人々によって愛され、努力によって保存されている街並みを歩くと、世界で日本で、次々に失われていく歴史的建造物や伝統的な暮らしの大切さについて考えさせられる。

次に訪れるその時にも、このままの懐かしく温かい街であり続けてほしい、そう思わせる場所だ。

現代に残る中世ヨーロッパの古都市。そこを歩いた人しか感じることのできない感動を、写真、動画、そして言葉で表現してみませんか? あなたの旅の話を聞かせてください。

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