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中国バックパッカーの聖地~大理を歩いてみた。観光スポット紹介とか

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中国にもあった! バックパッカーの聖地~大理(Dali)/中国・雲南省

白い石壁に濃い群青色の瓦。まるで一昔前の日本を作り出した映画のセットのような街並みを持つのが大理。

その名から想像できるかもしれないが、大理石の産地として有名なだけあり、街並の白壁はなんと大理石でできている。見た目は質素なのだが、実は豪華な造りなのだ。

大理では、大理白族を中心とする少数民族が人口の半数近くを占め、その中の一つ大理白族は全体の30%を超えている。街角では、民族衣装姿の白族を今も見かける。

素朴な地方都市にすぎなかった大理だが、20世紀後半のバックパッカーブーム時代には欧米人たちの埋没地として、現在は中国人バックパッカーたちの埋没地として不思議な魅力を保ち続けている。

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欧米人バックパッカーを魅了した大理

大理は欧米人バックパッカーにとって、中国国内でもっとも居心地のいい滞在先だった。それは20年ほど前、中国国内を旅するバックパッカーが増え始めた頃のことだ。

当時から中国の都市部はごく普通に海外旅行者を受け入れていたが、地方都市やましてや秘境と呼ばれるような地に足を踏み入れるのは、外国人にとって簡単ではなかった。そんな中、大理は東南アジア方面からのアクセスが良かったこともあり、欧米からのバックパッカーが訪れることが多かった。さらに、大理の少数民族たちは外交的すぎず内向的すぎず、訪れるバックパッカーたちを穏やかに受け入れてくれた。当然、大理にはバックパッカーたちが居座りやすいゲストハウスやカフェや旅行代理店などの必要かつ便利な設備もできあがっていった。

便はいい、物価は安い、気候は温暖、人々は穏やかに優しい。そんな大理には口コミでどんどんとバックパッカーが集まり、埋没さえしていったのだ。

しかし、世紀が変わり中国国内各地に観光ブームが起き、魅力ある訪問候補地が増えたことで、バックパッカーたちも分散していった。

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中国人バックパッカーたちを惹きつける大理

大理の外国人バックパッカー数が減少した裏には麗江の世界遺産登録が影響を与えている。麗江を訪れてそこに滞在する人が増え、また昆明も魅力的に発展を遂げたため、バックパッカーの目的地は大理に限られなくなったのだ。

かわって増加したのが、中国人バックパッカーだ。中国の大学生をはじめとする青年層が海外からの文化を吸収するにあたって「バックパッカー」という旅スタイルを知り、その楽しみを味わおうと考えた。しかし、パスポートやビザの取得問題もあり、裕福層は海外へと飛び出して行けても、一般層は国内旅行が当面の目標となった。

若く好奇心旺盛で、ある程度の経済的バックグラウンドを持つ中国青年たちが真っ先に目を向けたのが、欧米人バックパッカーに人気の大理だったのだ。

おもしろいことに、大理の魅力は地元民であるはずの中国人バックパッカーたちをも虜にし、中国人バックパッカーたちの多くが大理に移住し、旅関連の職についたり、起業したりしている例が多い。街を歩くと、北京や上海出身の垢抜けた青年たちの経営する店を見かけることが多い。

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旅行先としても長期滞在先としても魅力的な大理

大理は、最初は欧米人バックパッカーによって、バックパッカーの居心地が良いように一部が欧米的に変化した。続いては中国人バックパッカーによって、中国色を保ちながらも海外からの旅人にとって居心地の良い滞在先へと変化していった。

だからといって、大理は急激に都会化したわけでも観光地化したわけでもない。民族衣装を着こんだ女性や子どもは今も街を歩き、小さな商売をしているという昔ながらの景色がそこにはある。しかし、そのすぐ隣には、インターネットと美味しいコーヒーやピザを味わえるカフェもあるのだ。

街の規模は小さく、これ以上の開発はおそらく行われないだろう。しかし、下関や昆明までそれほど遠くないという立地条件は大理で暮らす上で求めたい利便性を十分に叶えてくれている。

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大理古城

大理という町は城壁で囲まれた城下町だ。城といっても日本やヨーロッパのような居城があるわけではなく、ひと塊の街を意味する。大理には、シルクロードの南側の要衝として高さ8m厚さ7mという中国らしいスケールの城壁が周囲6kmに周り巡らされていた。

現在もその一部が残されていて、城壁内は、東西南北にまっすぐ敷かれた石畳の道路、白い大理石の壁、黒灰色の瓦などは、時代劇に登場する昔の日本のような趣きだ。

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残った2つの城門

厚い城壁には堅牢な城門が必要だ。大理には四方合わせて4つの城門と楼閣が、また城壁の4隅にも楼閣があったが、現在は2つの城門が残っている。

「南城楼」は、南の門。三重の屋根を支える門はもちろん大理石だ。20世紀後半に修復されてきらびやかさを取り戻している。「大理」と書かれた立派な大理石の碑もはめ込まれているため、こちらがメインの城門として訪れる人も多い。

一方で北城門は、地味な石造りに二重屋根を抱く。派手さこそないが、日本の城に似た姿にはデジャブを感じる。

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洋人街

「西洋街」とも呼ばれるストリートの正式名称は「護国路」。国を護るはずの通りがいつしか外国人バックパッカーのたまり場となったわけだ。

現在の洋人街は、ちょっと洒落たカフェと中国風の食堂とが軒を並べ、西洋風ホステルと中国ホテル(飯店)もまた背中や顔を付き合わせて並ぶ通りになっている。

道沿いには、中国各地から移り住んだ若者たちによる小さなお土産ショップや屋台なども並び、ここは確かにバックパッカーが集う街であることを感じ取ることができる。

日本人バックパッカーや埋没者たちも、この通り近くのホステルに集まっていることが多く、日本食店もある。

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三塔

大理一の観光名所で、古城からは2キロほどの三塔倒影公園から見るのがベストだ。正式な名は大理嵩聖寺という立派な寺だ。

遠くからみると3つの塔は並んでいるように見えるが、実際には距離を置いているほか、その大きさも異なる。さらに、度重なる地震によってどれも傾いているらしい。

近づくとその立ち上がった芋虫のような変わった姿と大きさに圧倒されるが、離れた場所から眺めたほうが、三塔と周囲の景観のバランスはずっといい。

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洱海

大理の真ん中にドンと位置する湖。古城も三塔も中和寺も洱海のほとりに位置している。大理の街ではどこか小高いところへ登れば、必ず洱海の雄大な姿を目にすることができる。

洱海は渡し船で渡ることができるほか、観光用のツアーボートも出ている。うまく利用すれば、観光の時間を短縮しつつ、湖から大理の町や観光名所を眺めることもできる。

金梭島

洱海を挟んで古城の対面にあたる小さな港街だが、古い時代のままの白族の集落が残されている。バックパッカーの街化する前の大理古城のミニチュアといったところか。

街並はより質素だが、静かで清潔。いくつかある素朴な食堂やレストランでは白族料理を味わえる。

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最後に

エリアとして大きすぎず小さすぎず、観光化も進みすぎず、かといって、不便極まりないわけでもない。そんな大理は観光地を巡る海外旅行ツアーではちょっと物足りないため、昆明や麗江などと組み合わせることが多い。

しかし、バックパッカーの多くはこの大理に足を踏み入れるとそこでのんびりと過ごしたくなってしまう。埋没するのにふさわしい条件がピッタリとそろっているのが大理なのだ。

大理を拠点として、近隣の観光地に時折足を延ばす、そんな過ごし方で数週間数か月を過ごすことができるのも自由なバックパッカーならではの楽しみだろう。

そこを訪れた人しか感じることのできない感動を、写真、動画、そして言葉で表現してみませんか? あなたの旅の話を聞かせてください。

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