Sainte-Chapelle

美しすぎるステンドグラス~サント・シャペルを見学してみた「写真」

»旅を職業にしたい人募集中!旅を人生の中心にしてよりハッピーな生き方に!「詳細はこちら」

Sainte-Chapelle

ste-chapelle

外はお役所風、中はカラフル光線に包まれた万華鏡~サント・シャペル/フランス・パリ

パリ中心を流れるセーヌ川。その中州であり、シテ島またはサン=ルイ島と呼ばれている場所に「サント・シャペル」はある。

この辺りは、ユリウス・カエサルの「ガリア戦記」にも登場し、古い歴史を持つパリの1、4区にあたり、「パリ発祥の地」として人気が高い。

「ノートルダム大聖堂」、「コンシェルジュリー」とともに、シテ島の名所として名高い「サント・シャペル」は、聖なる礼拝堂という意味を持ち、ゴシック建築の粋を集めた傑作といわれている。

1991年にユネスコ世界遺産・文化遺産に登録された「パリのセーヌ河岸」の一部として、多くの観光客が訪れるようになった。

サント・シャペルが建てられた場所

Sainte-Chapelle2

シテ島には、カペー朝時代の王宮であった「シテ宮」があり、王族が時折訪れていた。現在も調理場付きの大広間、複数の塔、コンシェルジュリーなど、王宮として機能するための数多くの建物の跡が遺されている。

現在この地に残る建造物で、もっとも知名度が高いのが「パレ・ド・ジュスティス」と呼ばれる「裁判所」であり、当時は「国王顧問会議(王会)」のための建造物だった。

シテ宮の聖ニコラ礼拝堂を取り壊して建てられたサント・シャペルは、現在、その裁判所の中庭に違和感なく佇んでおり、それと知らなければ、通り過ぎてしまいそうな地味な外観を持つ。

サント・シャペルが建てられた意味

敬虔なキリスト教徒であったフランス国王ルイ9世は、キリストの聖遺物の蒐集に非常に熱心だった。そんな彼が集め、各地の礼拝所などに分散されていた聖遺物を、一堂に集めて展示・保管するために建てられたのが、サント・シャペルである。

サント・シャペルの設計や建築に関する正確な記録は残されていないが、13世紀半ばに5年前後をかけて建築されたと考えられている。献堂されたのは1248年であり、神聖ローマ帝国の権力が弱まり、政治的な乱れを見せていた時期でもある。

聖遺物とは

サント・シャペルに収められた聖遺物は、1239年にラテン帝国皇帝ボルドワン2世から「キリスト受難の荊の冠」を購入したほか、1241年には、聖十字架の断片・釘・聖血・墓石なども手に入れ、コレクションに加えたといわれている。

サン・ドニ修道院に保管されていた聖遺物の一つ「キリストの釘(聖釘」が盗まれたことがあり、フランスの大都市が滅びたほうがましだと語るほど、聖遺物に固執していたといわれる。

これらの遺物は、フランス革命時の混乱によって一部は散逸したともいわれているが、現在、荊の冠・十字架の釘・断片はすぐ近くのノートルダム大聖堂に収められている。サント・シャペルでは見ることができない。残念だ。

ルイ9世こと聖ルイの信仰心

ルイ9世は、フランス国内が安定すると、宗教的な情熱や野望から、十字軍を決行。1244年にイスラム教勢力によって陥落していたエルサレムの奪還を目指した。しかし、ルイ9世自身が捕虜となり、莫大な戦費と身代金を費やした負け戦となってしまった。

エルサレムへの情熱はその後、巡礼として続けられ、また、聖遺物の蒐集という形としても現れた。

生涯、エルサレムへの十字軍遠征に対する情熱を失うことがなかったルイ9世だが、政治的な活動では、公正な調停をすることで知られ、ローマ教皇と神聖ローマ皇帝の不仲を取り持つなど、政治に自身の宗教観を強く反映させることはなかったといわれている。

その高潔で敬虔な人物像から、死後にカトリック教会から列聖され、聖ルイとよばれるようになった。

ルイ9世の野心

また、国内に聖遺物を集め、新たな礼拝堂を築くなどの行為は、純粋な信仰的な意味合いだけでなく、西側のキリスト教世界の中心的存在として威厳を示そうとしていた背景もあると推測されている。

各地に救貧所を設置し、自らボランティア活動を行っていたというルイ9世。手ずから食べ物を配り、貧者の足を洗うなどしていたと伝えられている。

その一方で、サント・シャペルの礼拝所は、王とそのほかの一般用とで階が分けられ、王の礼拝所と王の宮殿とは直接通り抜けられるようになっていたという。王の移動の安全性からという見方と、他国の皇帝たちの宮殿と礼拝所が直結して作られている例を倣い、王専用スペースを持とうとする野心だとする見方の両方がある。

ヨーロッパの調停者としてのルイ9世

ルイ9世は、1226年~1270年までの長期にわたってフランスを統治した王であり、内政・外交をバランスよく治めて、フランスに長期的な平和をもたらした。

国内外の争いを鎮圧・調停することを得意とし、ヨーロッパに平和をもたらす調停者と呼ばれる政治的・軍事的手腕の持ち主でもあった。

しかし、内外の争いにばかり追われ、フランス領土を拡大させることができなかったこと、十字軍の失敗でフランス王国・経済の衰退の原因を作ったなどとして、政治的手腕に疑問を投げかける評価もある。

フランス革命中のサント・シャペル

フランス革命中、国内の多くの礼拝堂や王宮は接収され、破壊されることも多かった。しかし、サント・シャペルは、役所として使われていたため、窓には巨大な書架や棚がかけられ、美しいステンドグラスはすっかり隠されてしまい、忘れ去られていたという。

そのおかげで、偶然にもステンドグラスは破壊されずに残ることとなった。しかし、礼拝堂内にあって、事務所に不要または華美であると判断された装飾は破壊され、遺物の一部は散逸。尖塔も下ろされてしまった。

フランス革命後のサント・シャペル

革命を過ぎると、サント・シャペルも修復されることとなり、事務所として使われていた痕跡は拭い取られ、尖塔も新たに設計・建造された。

従来のサント・シャペルはシテ宮の一部に過ぎなかったが、革命時にその存在を消されてしまったシテ宮は宮殿跡として新たな用途に使われているのに対し、サント・シャペルは、その姿も存在意義もほぼそのまま現在に残ることとなった。

サント・シャペルの外観と内観

Sainte-Chapelle5

Sainte-Chapelle4

Sainte-Chapelle3

サント・シャペルは、目指して向かっても「ここか?」と疑問を持つほど、他の数多くの華やかな観光名所に比べると地味な佇まいである。隣の裁判所の建物と違和感なく並ぶ姿も、その観を強めるばかりだ。

ただし、早朝や夜間以外は、入場券を購入する人とセキュリティチェックを待つ人の長蛇の列ができているので、それと知ることができる。

ゴシック建築の外観は、石の灰色が冷たく、近づけば細部まで施されていることが分かる装飾も、ぱっと見ただけでは気がつきにくいため、シンプルで地味な姿となっている。

しかし、内観はその外観との対比も激しい、「パリの宝石箱」と呼ばれる華やかさを持っている。

1階の入場口から入り、狭い階段で2階へと上がると目に入るのが繊細な図柄と色が組み合わされた巨大なステンドグラスだ。

サント・シャペルの見どころはステンドグラス

Sainte-Chapelle6

現在のサント・シャペルの見どころは、この2階礼拝堂のステンドグラスにある。周囲を取り囲む壁のうち、1階分ほどの高さまでは、柔らかなライトに照らされて金色に光る装飾が細部にまで施されているが、視線はその上の壁から天井近くまで高さ15mにも及ぶといわれるステンドグラスに釘づけとなる。

とにかく、壁を占めるステンドグラスの割合が大きい。ステンドグラスから差し込む光の色は、外光の角度や強さで変化するらしく、赤っぽいピンク、オレンジ、青などが入り混じった万華鏡の中に入り込んだような気分になる。

ステンドグラスの見方

世界最大規模・パリ最古といわれるステンドグラスの神々しさを堪能するためには、まずオペラグラスを持参したい。

それぞれのステンドグラスは新旧聖書の場面が1000以上再現されている。かなり上部にあるステンドグラスは、肉眼ではその図柄を楽しむことができないのだ。

また、ステンドグラスの説明パネルがまた、上部にあり文字も小さめ。オペラグラスが必携品であるのがお分かりいただけるだろう。

しかし、オペラグラスがなくとも心配はいらない。そこに立って、暖かく明るいステンドグラス越しの光を浴びるだけでも、十分に訪れた価値はあるはずだ。

ステンドグラスを違った角度から観察

floor

この礼拝堂に足を踏み入れると、ついつい上にばかり目が向いてしまう。しかし、ぜひ床にも視線を落としてみてほしい。

すると、床タイルの図柄もまた美しいことに気づくだろう。そして、さらにもう一点気づくのが、ステンドグラスとの絶妙なマッチングだ。色合い、図柄がステンドグラスの枠やガラスの配色に呼応しているようにも見えるのだ。

また、このステンドグラス。外から見ると全く異なった姿をしている。特に日中は、建物の中中は薄暗く、外は明るい光に包まれている。そのため、あれほど華やかな色を映し出すステンドグラスが、外からは全て真っ黒な板か壁のように見えるのだ。

中と外のギャップに驚かされる。

見学方法

チケットは、コンシェルジェリーとの共通チケット、パリミュージアムパスなどをあらかじめ購入しておくのがおすすめ。当日窓口に並んで買うなら早朝に行かない限り、かなり並ぶのを覚悟しておこう。

また、入場券を手に入れても、厳しいセキュリティチェックが待っている。チケット購入済みであっても、優先入場はできず、必ず並ぶことになる。こちらも早朝でなければ、逃れることができない。

サント・シャペルとコンシェルジュリーを両方見る予定にしている場合は、コンシェルジュリーで共通パスを購入して先に見学してしまったほうがスムーズ。多くの観光客がサント・シャペルへ先に行くため、共通パスを購入するにも、コンシェルジュリーの窓口のほうが空いているからだ。

ガイドツアーがあるがフランス語のみ。日本語のパンフレットを見ながら回ると分かりやすい。

また、入場してすぐの1階部分は品揃えの良いショップになっているので、時間を割いてお土産選びを楽しみたい。ここは、使用人たちの礼拝施設だった場所であり、絵葉書などの小物を買うのにぴったり。

最後に

サント・シャペルには、「ステンドグラスがある」という人と、「ステンドグラスしかない」という人がいる。

決して大きな礼拝所ではなく、近くにあるノートルダム大聖堂と比べれば規模も迫力も劣るのは確かだ。またコンシェルジュリーと比べても、歴史的な逸話の多さでは負けてしまう。

それどころか、足早にシテ島を観光する人々からは、隣の裁判所の付属建造物くらいにしか見られていない時もある。

しかし、一歩中へ入れば、その美しいステンドグラスと礼拝堂との調和のとれた空間に、他のどんな観光名所よりも強い印象を残すのがサント・シャペルだろう。

そこを訪れた人しか感じることのできない感動を、写真、動画、そして言葉で表現してみませんか? あなたの旅の話を聞かせてください。

自由に旅をして稼ぎませんか?

自由にゆっくりと、風の吹く方向に歩む。旅そのものが職業、旅そのものが人生。
そんな生き方をする人が増える事が私たちの願いです。
だから私たちは、旅を職業にしたい人、誠の自由を手に入れたい人を心から応援しています。
このプロジェクトに参加したい人は以下の「詳細を見る」にアクセスしてください。

おすすめ

まだ読んでないの?

リアル本:2万8千部突破 世界一周の本ベストセラー

Yuuma Family – pickup

  1. SONY DSC
    日本に一時帰国。次の旅に出るまでの間どこに住もうか?家ないし、仮住まいが見つかるまででも学校に行かせ…
  2. ※写真:yuuma familyスタートから39日目~43日目…

新着記事

  1. frankfurt-germany_0
    ドイツにあるフランクフルトという街を知っていますか?ソーセージを串に挿した「フランクフルト」の街とし…
  2. victoria-974779_1280
    温暖な気候に恵まれて、バンクーバーよりもこじんまりとしたBC州の州都ビクトリアは、世界中からの観光客…
  3. walter-white-money
    内戦や政情不安などにより経済が不安定な国では、通貨価値の変動が大きく動いていきます。事情を考…
PAGE TOP