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実在した伝説の英雄「ロイ・マタ首長」の領地を訪れて

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ro1実在した伝説の英雄「ロイ・マタ」の神聖なる遺跡~ロイ・マタ首長の領地「Chief Roi Mata’s Domain」/バヌアツ

ロイ・マタとは、バヌアツのエファテ島周辺を支配する最高位首長の称号であって個人名ではない。17世紀頃までは、代々のロイ・マタが島々を治め、部族間の戦いや抗争のまとめ役となっていた。

ただ、世界遺産「ロイ・マタ首長の領地」でいう「ロイ・マタ」は一人の人物を指している。1600年頃に部族間の争いを終結させて、島々を統合し、平和をもたらしたといわれる歴史上最後の「ロイ・マタ」であり、その尊称がそのまま個人を表す名として使われている。

このロイ・マタは、バヌアツでずっと語り継がれてきた物語に登場するが、その実在性が証明されたのはごく最近のこと。

ロイ・マタは偉大なるリーダーとして、見晴しのいい海辺に邸宅を構え、人々から崇拝されていたが、敵もまた多かったようだ。彼の最期は弟の毒矢によって迎えたとされる。

彼が死んだ場所には、ロイ・マタの死を悼んで描かれたと考えられている壁画が残されている。また、彼の墓だと考えられている場所からは、殉死者らしき多くの人骨が発見されるなど、ロイ・マタ伝説そのままの発見が相次いでいる。

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ロイ・マタの伝説

ロイ・マタの存在は、長く、伝説の中の人物なのか実在の人物なのかはっきりとしなかった。

邸宅や墓があるという伝説の地は、地元では非常に重要かつ不可侵の場所として扱われていたため、先住民たちはもちろん、よそ者が発掘調査のために足を踏み入れることができなかったのだ。

20世紀半ばを過ぎ、ようやく先住民たちの許可を得た西洋人による調査が始まり、各地で伝説を裏付ける数々の発見があった。

調査は今も継続中で、今後、ロイ・マタの伝説がロイ・マタの歴史として認識される日も近いだろう。

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世界遺産に登録されているのは

バヌアツ初の世界遺産登録地となったロイ・マタ首長の領地は、3つのエリア、首都のあるエファテ島、レレパ島とエレトカ島に点在している。バヌアツに伝わる口承物語に登場するロイ・マタにまつわる「邸宅」「死んだ場所」「墓」がその登録箇所だ。

これらは、伝承に登場する中でも、発掘調査などで「実在」をある程度証明された場所であり、その多くが消滅してしまったバヌアツのロイ・マタ文化や伝統を伝える稀少な証拠だと考えられている。

自然豊かな地域であり、景観的な見応えもある場所だが、文化遺産としての登録となっているのは、そのあたりに事情が絡んでいるからだ。

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ロイ・マタの邸宅跡

エファテ島の海に面した一角に残されている。ただ、現在その形を見ることができるのは、石の壁などのごく一部だけ。この邸宅はロイ・マタの死後すぐに放棄されたと考えられている。

邸宅跡のツアーは、海からボートでアクセスする。大きな木に囲まれた広場にロイ・マタ時代の扮装をした住民たちがいて、ナフラックの踊りを披露してくれることもある¥。

邸宅跡として見られるものはあまりないが、このダンスを見るだけでも価値がある。

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ロイ・マタの墓

ロイ・マタの墓のあるエレトカ島は、「聖地」として立ち入りが禁止されていたが、ツアーであればボートで近づくだけでなく上陸もできる。

見た目には帽子のような形をした島なので、「ハット島」とも呼ばれているが、ごく近年まで上陸そのものが禁じられていたので、島はロイ・マタの墓という遺跡だけでなく、貴重で稀少な植物や虫などがいるとされる。

ロイ・マタの墓を発見したのはフランス人考古学者で、墓だけでなく、近親者とみられる殉死者たちの遺骨も発掘された。伝説でも、彼らは生きたまま埋葬されたとされ、伝説が史実であることが証明された。

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フェルズ洞窟

レレパ島にある洞窟。伝説では、ロイ・マタがその弟に毒矢で射殺された場所だといわれている。

洞窟は高さが35m、幅と奥行が約50m。その壁には彩色された絵が描かれたり、刻まれたりしている。中には、カレンダーらしきものがあったり、一際大きく描かれたロイ・マタ本人だと考えられている大きな人物像もある。

これらは、調査の結果、確かに1600年頃の絵であることが分かり、実際にロイ・マタを描いた可能性が高いともいわれている。

ツアーでは、この島の洞窟前でお弁当タイムになることが多い。

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ナフラックのダンス

ロイ・マタは、部族間の抗争が終結した時に平和の宴を開いたといわれている。その宴には、各部族たちがロイ・マタに指示されたココナツ、植物、石、貝など「大切なもの」を持ち寄ったという。

その場に集まった部族たちはその後、ナフラックと呼び合い、たとえ住む地域が違っても、見知らぬ者同士であっても、ナフラック同士は常に家族として助け合うことを定めた。

ナフラックの考えは今もバヌアツにしみついている。ナフラックたちは、自給自足と物々交換、相互協力という方法で今も大きな家族関係を保っている。

そんな彼らの団結の一つを表現するのがダンス。ナフラックの踊りは、ロイ・マタが開いた平和の宴で舞われたものとして受け継がれてきた。

勇ましくもあり、ユーモラスでもある踊りは、今も祭りなどで舞われている。

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バヌアツは「世界一幸せな国」

大小83の島で構成されるバヌアツ共和国は、1980年に独立したばかりの新しい国。このエリアは「世界でもっとも幸福度が高い国」として知られていて、そこで暮らす人々は伝統と文化を大切に守りつつ、今も自給自足で「足るを知る」素朴な生活をしているが、先進国の感覚でいえば、決して「豊か」とはいえない。

しかし、バヌアツを訪れると、「幸福度」とは収入の高さや物品の多さではなく、笑顔の深さにあるのかもと思わされるだろう。

ちなみに同じ調査で日本の幸福度は95位。考えさせられる数字ではないだろうか?

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観光客も幸せになれる国

幸福度が高いのは住民だけではない。世界中からバヌアツを訪れる観光客の幸福度もまた高い。

自然は海にも山にも限りないアクティビティと癒しをたっぷりと含み、アウトドア派を十分に満足させてくれる。ロイ・マタ首長の領地などの文化的遺産や興味をひく文化を持つエリアでは、脳の刺激も受けられる。街は大きくはないが、ローカルなショッピングや食事でリフレッシュするには十分だ。

物質的な「豊かさ」を求めると、不満を感じるかもしれないが、心と体を満たすホスピタリティの高さは、たしかに世界一かもしれない。

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アクセス

日本からは距離的だけでなく、交通面でも遠いバヌアツ。ニューカレドニアやオーストラリア経由でアクセスすることになる。

バヌアツの首都であるポートヴィラからロイ・マタ首長の領地へと行くには、車やボートで1時間弱。遺跡見学は許可ツアー制なので、予約が必要。現地ツアー会社などで申し込んでおこう。

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最後に

世界遺産に登録されたロイ・マタゆかりの地は、現地の人々にとっては神聖なる場所。現在はツアーで上陸・観光が可能だが、その行動範囲や写真撮影などは一部制約を受けることもある。

現地の人々はロイ・マタに対する尊敬の念で、我々観光客はロイ・マタと彼を偲ぶ住民の感情に敬意を持って節度ある行動をしたい。そうすれば、現地の人々は温かい笑顔で迎え、時には食事や住まいへの招待などのもてなしを受ける機会に恵まれることもある。

そこを訪れた人しか感じることのできない感動を、写真、動画、そして言葉で表現してみませんか? あなたの旅の話を聞かせてください。

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