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廃墟化が進むノスタルジー「大連」を訪れて

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廃墟化が進むノスタルジー~大連「Dalian/Dairen」/中国・遼寧省

19世紀末、今の大連にロシアによって都市づくりが始められた時、そのモデルとなったのはパリだった。その後20世紀初頭には日本が、和・中・露・洋を折衷した街並みを整備し、それが現在の大連旧市街となる。

世界大戦後期にソ連の保護下に入った大連は、中国国内を吹き荒れた国共内戦の影響を受けず、街並みは保存されて今日に至る。

現在の大連は、ロシアと日本とソ連によって造り守られた旧市街地と、新しい中国によって急ピッチで建設が続けられている新市街地とで構成され、観光と経済の両面で発展し続けている。

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日本と大連の濃い関係

過去に日本の統治を受けたこと、その間に近代的なインフラ整備が大きく進められたことは、大連にとってプラスにもマイナスにもなりうる。しかし、大連郊外は日露戦争や第二次大戦の激戦地ともなっている。

これらの史実だけを見ると、大連はほかの中国都市と同様、反日感情の強い土地となってもおかしくない下地があるように見える。

しかし実際の大連は中国でも有数の親日都市だ。その感覚は台湾のソレに似ているという人もいる。それはなぜか?

日本統治時代から脈々と現地とのパイプをつなぎつづける日系企業とそこで働く日本人と大連人のつながりが、あやふやな情報に左右されない「日本」という国の理解を深めるのに役立っていという。さらに、大連は古くからITの進んだエリアであり、市民が偏らない情報を得る方法にも長けていることが関係しているようだ。

こうして、大連は日本人にとって、住み心地も遊び心地も働き心地も良い土地として、今も昔も根強い人気がある。

中山広場

日本統治下に建てられた古い建造物が多く残されるエリア。

「大連中山広場近代建築群」として保護される、旧大連ヤマトホテル・旧大連市役所・旧横浜正金銀行・旧大連民政署などが集まるパリスタイルのロータリーだ。

勝利広場

台湾の資本と協力によって造られた珍しい広場。広大な地下エリアを含めた巨大ショッピングセンターとして今も発展中。

広場の形はローマスタイル。周辺には百貨店が立ち並び、香港系・台湾系・日系などのほか、ドバイ系資本の入った高級ショッピング・ホテルエリアもあり、建造物とショッピングスタイルの新旧が混在している。

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人民広場

今も昔も行政関連の事務所が集まるエリアで、市の人民政府や公安局が置かれている。

広々とした芝生エリアが特徴で、賑やかな繁華街とは対照的に静かな散策路となっている。

労働公園

大連市内では最大級の公園。日本統治下にゴルフ場・相撲競技場・乗馬クラブ・テニスクラブなど、上流階級向けのスポーツアクティビティエリアが作られた、

後に、スケート場や体育館などのほか、遊園地などの娯楽施設も加えられて、大連市民の大型レクリエーション施設として利用されている。

テレビ塔は小高い丘にあり、ロープウェイで上ることもできる。

星海広場

広大な埋め立て地で、会議・展示センターとシンボル塔を中心に、遊園地や高級マンション、レストラン街・ショッピング街などが造成されている。

大連から排出された大量のゴミの埋め立てでできた「夢の土地」として知られる。

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旧大連ヤマトホテル

中山広場に面する3つ星ホテル。その歴史は100年を超える。

内装はルネッサンス様式で堂々たる西洋風の車寄せやファサード・フロントを持つ。古くから日本の政府要人に利用されてきた。特に正面玄関の唐草模様の雨よけは旧ヤマトホテルの看板がわり。100年変わらぬ姿で客を迎え続けている。

現在も宿泊が可能で、1日1室限定の特別復元室は開業当時の内装を完全に復元したもの。家具類も原則当時のもの。古さが気になる人には勧められないが、歴史ある味わいが素晴らしい。

宿泊できなくても、1階の吹き抜け部分の喫茶コーナーで、時代を感じるティータイムを過ごしてみたい。

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旅順旧大和旅館

1903年に建てられた旅館で、現在も一応使われている。ラストエンペラーが滞在していたことや、男装の麗人・スパイとして知られる川島芳子の結婚式もここで行われた。夏目漱石、与謝野鉄幹・晶子なども宿泊している。

内部はほぼ未改装状態で、博物館として見るには興味深いが宿泊するには不安がある。外装はオリジナルではないものの、当時の面影を残しているとされる。

現在は軍の招待宿泊所となっているため、原則出入りできない。

旧関東軍総司令部

日露戦争中に軍の司令部が置かれた。現在は建物がそのまま博物館として保存されている。内部は、当時の様子を写す写真や関東軍の装備などが展示されている。

展示そのものは激しいものではないが、中国人団体などと一緒になると居心地の悪い思いをすることもある。満州事変の決定が下された地として、ある程度歴史認識を持って訪れたほうがいいかもしれない。

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旧関東法院と旅順監獄

日本統治下、裁判と監獄と処刑所として使用され、現在は博物館になっている。モダンな造りの裁判所は当時のままの姿がほぼ残されている。

反日・反戦人物の多くがここに拘束され処刑されたが、なかでも有名なのは伊藤博文を殺害した安重根の存在。処刑室や土葬跡など、実際の現場を目にすることができるが、歴史的にまだ生々しい感が強い。

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旧日本人街と旧ロシア人街

旧日本橋(現勝利橋)付近に作られた観光用の日本人街とロシア人街は、見るからに新しくしっくりこないが、このエリアには実際に旧日本人街や旧ロシア人街があった。そのため、裏通りや横丁に入ると、今も当時を忍ばせる建物や景色が残っている。しかしその多くは廃屋に近く、保存状態は最悪。一部がゲストハウスなどに転用されつつあるともいうが、ほとんどは保存や修復が難しく、自然破壊を待つばかりという悲しい状況だ。

唯一立派な姿を見せる大連芸術展示館は旧東清鉄道社屋で、戦後取り壊されたものを再び復元した。そっくりな建物が日本の北九州にあり、それをもとにしたという。

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旧大連駅と旅順駅

大連駅は仮駅舎として建てられた小さなもので、今はかなり老朽化しているが、当時はロシア人街の中でもちょっと目をひくモダンな造りだったと思われる。

大連新駅の完成にともない、駅舎としての使命を終えた。保存建築物に指定されているため、周囲の開発に取り残されたようにポツンと建っているが、修復や公開はされていないようだ。

旅順駅は帝政ロシアの南満州鉄道支線の終点として建てられた駅で、ロシアスタイルがかわいらしい。

緑の屋根は丸みを帯びた楕円形の塔を持ち、緑の窓に白い壁という珍しいコントラストも目をひく。

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203高地

日露戦争激戦地として知られる、大連市西部エリア。長い上り坂の上から、旅順港を見下ろせる。軍事地図上で番号を振り分けられた時に「203番」だったことから、この名がついた。

日露戦争中、旅順の西の拠点だった203高地をおさえることは、戦いの上で重要課題だった。10日間に及ぶ激戦で奪い取り、その後のロシア艦隊撃沈につながった戦いぶりは、現地に落ちた著しい数の薬きょうが物語っていたという。

頂上の記念碑は、「爾霊山」はこの地で亡くなった若い兵士たちを悼んだもの。漢字は当て字で、「にれいさん(203)」を意味してもいる。記念碑はここに落ちていた大量の弾丸と薬きょうで作られた。

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大連地下鉄

2015年にオープンした地下鉄は、大連が大都市として認められた証し。最新の設備と最新のマナー教育をうたって堂々デビューしたものの、人気はいま一つ。

乗車運賃がバスより少し高いとはいえ、タクシーよりはずっと安く快適そのもののはずだが、大連市民はできれば乗りたくないそぶりだ。

それというのも、地盤の関係からか非常に深い場所を走る地下鉄に対する不信感が根強いらしい。工事中の落盤事故や、中国各地で起こる建築工事技術不足からくる事故なども、その不信に一役買っている。

しかし、実際の「足」としては非常に便利で快適。慢性的な渋滞や空気汚染にうんざりしている時に、目的地近くに地下鉄の駅があるなら、迷わず利用したいところだ。

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最後に

年配の日本人にとっては、ノスタルジーや歴史、また苦い思いも持つ大連・旅順。現代の若者にとっては、遠い過去のような史実たちだが、実はそのどれもが100年未満である。

大連の町は急速に近代化が進み、新しいビルや道が雨後の竹の子のように生えているが、その裏側には今もそんな100年の重みを受け止める建物や通りが風雨に耐えるようにして立ち続けている。

大連・旅順を訪ねる際には、明るく立ちふさがる近代ビルの、その影にも目を向けたい。

そこを訪れた人しか感じることのできない感動を、写真、動画、そして言葉で表現してみませんか? あなたの旅の話を聞かせてください。

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