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日本人は困っている人を助けられなくなっている?その理由と親切心について考える

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困っている人に声をかけられる国、困った人を助ける人がいる場所

雪の降るバス停のベンチに一人で座り凍えている少年。

もしその姿を見かけたら、あなたは声をかけますか? その時、ためらいはありませんか?

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少年に声をかける人

ダウンジャケットを着こみ、手袋や帽子やマフで完全防寒姿の人たちが行き交う通りのバス停に、シャツとズボン姿でなんの防寒グッズももたない少年が白い息を吐き全身を震わせながら座っています。彼はバスがやってきてもそれに乗りこまず、辺りを見回してはそのまま座り続けます。

多くの人が注意を払います。それはそうでしょう。どう見ても不審そのものです。でも、不審だからこそ、なかなか声をかけられず、通り過ぎる人もいます。バス停のベンチに座っているのは彼ばかり。ほかのバス待ち乗客は、彼と一定の距離を取ろうとするかのように、座らずに立ったままで少年の様子をうかがっています。

「寒くないの?」「どうしたの?」何人かがそう声をかけます。

「寒いです」「学校の先生にここで待っているようにいわれたんです」と歯の根の合わない口で少年が答えます。

この会話をきっかけに、学校や先生についての情報を聞き出そうとする人もいました。そんな会話の後、バスに乗っていってしまった人もいたでしょう。でも、「じゃ、私のマフラーを使っていなさい」「ジャケットを貸してあげるよ」「手袋を使って」と少年に自分の防寒具を差し出す人が複数現れます。

中には、ジャケットのその下には半袖のTシャツ一枚という男性も。

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少年の寒さとそれを助けた人の行動から感じ取るチャリティの必要性

これは、チャリティのためにノルウェーで撮影されたものです。「SOS children`s Village Norway」という団体が、シリアで寒さに震えている子どもにジャケットを送ろうというキャンペーンを行った際に、その一環として「バス停と震える少年とそこに居あわせた人」とを隠し撮りし、公表しました。

最近はやりの「プランク」の手口ですが、それを行った団体が慈善団体であることと、目的がチャリティのためだったこともあり、その動画は世間でもてはやされただけでなく、チャリティの成果に大きく結びつきました。

当時、強制退去などによって家を失い、着の身着のままで逃げだしたシリアの、特に子どもたちになんとか温かく冬を越してもらいたい、そんな願いを込めて作られた動画ですが、ノルウェー人の優しさを実感できるのと同時に、こうして実際に目で見て、または体験して初めて、同じ立場にいるだろう他人の気持ちが分かるという、現代人の想像力の欠如にも少しさびしさを感じさせられました。

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優しいのはノルウェー人だけではないが…

この動画は、2千万回の視聴を記録しています。当然大量のコメントも寄せられています。その内容のほとんどは、「素晴らしい!」というもの。確かに、凍える少年に、たとえ自分が凍えることになっても、そのジャケットを貸し与えることは、良い行動です。ただ、それが「素晴らしい!」と称賛されるようになったということは、それだけ、この良い行動が現実世界から消えてきている証拠のような気もします。

そう思い、ネット上で似たようなプランク映像をいくつか確認してみました。そのうちの一つは、「ニューヨークの路上でホームレスの少年がTシャツ姿で震えている。あなたならどうする?」というもの。

少年はボロボロのTシャツ一枚で震えながら立ち尽くしています。でも、2時間以上たって辺りが暗くなってきても、誰一人、助けようとする人はおろか、声をかける人すらいませんでした。でも、最後の最後に現れたのが、ホームレスの男性。かけよって自分のジャケットを与え、少年を励ます声は切実です。寒さも痛みも知る彼だからこそ。

ここで気づかされるのは、多くの人は自分が痛みを感じて初めて他人の痛みにも気づくことができるのだという事実です。そういう意味では、疑似的に「少年が感じる寒さ」を感じ取ることのできるチャリティ動画は意味のあることなのでしょう。そして、この動画に感動できる心を持つ人が多いということは、まだまだこの世界も「捨てたものじゃない」のかもしれません。

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日本で「他人に声をかけられる・かける」ことの意味

日本では、古くは「知らない人についていってはいけない」「知らない人から物をもらってはいけない」といわれてきましたが、今は、「知らない人に声をかけられたら逃げろ」へと変わってきています。

これは、「知らない人」が危害を与える存在である確率が高くなったことを意味しています。

実際のところ、深刻に助けが必要な状況でなければ、気安く「大丈夫?」とか「どうしたの?」と声をかけにくい世の中になっています。善意でかけた言葉に防犯ブザーで答えられてしまったり、怪訝な顔で見返された上に逃げるように去られたりすることがあるからです。

自分自身が旅先で「どうした?」と声をかけられる嬉しさや安心感を知っているだけに、逆の立場になった時にはついおせっかいの言葉をかけたくなります。でも、日本にいる時だけは、慎重な行動を心がけざるをえません。

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困っている人に声をかける、それは相手のためか自分のためか

確かに、チャリティに関しては、その必要性のありかを示してもらわなければ、知りえないこともあります。隠し撮りの結果は、多くの人の心に感動をもたらすものでもありました。動画サイトには、より多くの「自分を顧みず他人を助ける人」の姿がたくさんアップされていて、その素晴らしい行動力と優しさに心が温まります。

もし、もし2着のジャケットがそこにあれば、ジャケットを与えることはそれほど難しくはないでしょう。少なくとも、今着ているものを与えても、自宅のクローゼットにもう1着つり下がっているなら、それもまだ可能性はあります。でも、もしジャケットがたった一枚しかない時は? ニューヨークのホームレス男性はそれができたのです。彼は自分が凍えることを承知の上で、少年に「暖」を与えることができる強さと優しさを持っていました。

人は自分に余裕がある時こそ、他人に慈善を施すことができると考えがちですが、それは決して正解ではないことに気づかされました。

チャリティ動画を見た時点では、感動と疑問と挟まれていましたが、ホームレス男性の動画を見た後は自分の考えの薄さに恥ずかしさをより強く感じました。相手の反応を恐れて声をかけられないこと。これは自己満足が得られないなら相手を助ける意味がないと考えていることにもつながります。自分にできることがあるにも関わらず、自分の都合で見て見ぬふり。これこそが、もっとも恥ずべきことだと思い当たったからです。

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まとめとして

大きなチャリティに参加することばかりが大事なわけではないでしょう。大きな金額、たくさんの物を送ることばかりが求められているわけでもないでしょう。

今、隣にいる困った人に自分は声をかけられるかどうか? 互いに声をかけ合える社会がそこにあるかどうか?

この小さな一言が、その些細な行動が、積り積もって拡散していくことで、大きなチャリティにもつながっていくのだと、改めて考えさせられるきっかけとなった、意味ある動画でした。

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