Taj Mahal

純白の宮殿墓所タージ・マハルを見学した感想、王と愛妃のエピソード

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Taj Mahal

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死後も王を魅了し続けた王妃が眠る純白の宮殿墓所~タージ・マハル

タージ・マハルは、白亜の宮殿の姿をした墓廟である。ムガル帝国5代皇帝であったシャー・ジャハーンが最愛の妃であるムムターズ・マハルの望みであった「後世に伝わる墓」として建築したものだ。

建築にまつわるロマンチックなエピソードと王の悲劇的な最期といったソフト面、建築物や内外装の美麗な装飾や珍しい建築様式などのハード面、どちらも訪れる人を魅了する材料となっている。

タージ・マハルに安置される王妃と王

ムムターズ・マハルは、皇帝の愛妃として謀反討伐につき従い、1631年、遠征先の地で産褥病のために亡くなった。一時的に、死亡した地ブルハーンプルや首都アーグラの公園に安置されたが、翌1632年に討伐を終えるや否やアーグラへと戻った皇帝は、ただちに彼女のための霊廟建設を始めさせた。墓廟の完成までには17年を要し、さらに周囲の整備に5年をかけ、1653年に完成した。

ムガル帝国では跡継ぎ争いが激しく、男子の間でも骨肉を争い、王として立つ者以外の継承権を持つ者を皆殺しにするまで戦ったという。5代皇帝シャー・ジャハーンも例外ではなく、またその息子たちも同じく皇帝の座を巡って争った。

シャー・ジャハーンが推す第1皇子と、実力派第3皇子の間に起きた激しい争いの結果、1658年に第3皇子アウラングゼーブが皇位に就き、父親であり廃位されたシャー・ジャハーンは幽閉されてしまった。

シャー・ジャハーンは、自身の墓廟をタージ・マハルと向かい合わせに、黒大理石で建造するつもりだった。しかし、亡くなるまで7年間にわたって幽閉されたシャー・ジャハーンの夢は叶わず、囚われていた塔から、川を挟んで立つタージ・マハルを眺め続けていたといわれている。

愛妃の死後、髪も髯も真っ白になり、毎週墓標を訪れていたというシャー・ジャハーンは、長い離別を経て、1666年に愛妃の隣に安置された。

タージ・マハル内の墓廟のホールには、二人の墓石が安置されている。また地下には玄室があり、ここにも墓石がある。ホールに置かれているのは、参拝用であり、玄室内のものが本来の墓石。観光用に公開されているので見学できる。

タージ・マハルの構造「外側」

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シャー・ジャハーンは、自身の死後、愛妃の隣に並んで眠ることを考えて、タージ・マハルを建設したという説もある。そのためか、ほかの家族や彼の妃たちは、同室には安置されず、周囲に離れて墓が作られている。

ムガル王朝の伝統から、墓は庭園に作られるべきだという考えの通り、タージ・マハルは既にその地にあった庭園を利用して造営された。

緑に囲まれた長方形の敷地の南1/4は「前庭」と呼ばれる広々とした庭園、大楼門の向こうの中央部分も庭園であり、水路と遊歩道で4分割された正方形で、さらにその内部も4つの正方形に区分けされている。

本来のムガル帝国の建築方式では、この正方形の庭園中心部分に霊廟が置かれるべきだが、ここでは墓標の代わりとなる白い大理石の壇が作られている。

庭園の最北に位置する墓廟は、正方形の4角をカットした変形八角形をしていて、その上に丸いドームが乗っている。墓廟の4隅には4本の尖塔が立ち、まるでタージ・マハル廟を守っているようだ。インドでは、「皇妃に仕える4人の侍女」とも喩えられている。

墓廟の両側には、他のムガル帝国時代の墓にはない、赤砂岩造りのモスクと集会場も建てられている。

タージ・マハルの構造「内側」

Interior

タージ・マハルのあらゆる壁や床には模様が刻まれている。それらは、幾何学模様だったり花柄だったり、かわいい意匠のものも多い。女性の墓だからというわけでもないのは、王妃の墓と並ぶ皇帝の墓石も花柄模様であることから分かる。

墓廟にある墓のうち小さいほうが王妃ムムターズ・マハルのもの、一回り大きいほうがシャー・ジャハーンのものだ。並んだ2人の墓石と基壇の周囲は、同じくコーランや草花模様の白大理石の衝立でぐるりと囲まれている。これは、墓は豊かな草花や果樹が咲き乱れる庭園にあるべきだとする考えを表現している。

また、本物の墓は、このホールの真下の玄室に安置されているが、こちらは、シンプルな大理石の壁に囲まれた部屋であり、墓石の装飾も若干地味めだ。

王と王妃の墓の大きさが異なることは、一見自然に見えるが、本来対称性を重要視するイスラム文化の中で、2人の墓石の非対称性は、父王を憎んでいたアウラングゼーブによる意図的なものだとする説もある。また、父王の希望であった黒の墓廟を建設しなかったことも然りだ。

タージ・マハルの宗教的・政治的意味

タージ・マハルには、墓以外にモスクや宿泊所などの機能が付随されている。

本来、ムガル帝国の墓廟はモスクなどの政治的な建物を含まない。しかし、ヒンドゥー教制圧によるイスラム国家の地固めを行っていたシャー・ジャハーンは、イスラム教と皇帝としての自分自身の権勢を誇示する必要があった。

タージ・マハルは愛妃の墓だが、彼女は権力者ではない。彼女の死のタイミングが、宗教的・政治的に利用しやすかった面もあり、これだけ壮大な墓廟が建てられることにつながった。

また、14人もの子を産んだ彼女が、出産のために命を落としたことも関係している。イスラム社会の中で、男性が聖なる戦いで命を落とすことと、女性が出産で命を落とすことのどちらも、聖なる死として崇める信仰があったため、ムムターズ・マハルを聖女として崇めた墓廟を建造することは、理にも適っていたのだ。

タージ・マハルの変遷

世界中から、設計・建設・意匠に関わる専門家が招待され、2万人あまりの工人たち、千頭以上の象などによって建設されたといわれる。

全体を覆う大理石、装飾に使われた宝石などは、インド国内だけでなく、中国、チベット、アラビアなどから、金に糸目をつけず取り寄せられたもの。記録がないために、どれだけの費用がかかったか不明だが、想像を絶する金額であっただろうことだけは確かだ。

アウラングゼーブの死後、アーグラの街は地方の領主や異教徒によって占領され、タージ・マハルを飾っていた多くの宝石類が略奪されてしまった。イスラム教の聖人の墓に掛けられるチャ―ダルと呼ばれる布も、ムムターズ・マハルのものは真珠を散りばめた美しく贅沢なものだったとされるが、奪われてしまった。

さらに時代が進んだ19世紀には、列強国がインドに侵入し、イギリスの東インド会社がアーグラを経済的にも政治的にも支配するようになると、タージ・マハルの装飾を剥がし、切り売りしていった。

また、建物だけでなく庭園も変えられてしまった。季節の花々が咲き乱れ、果物がたわわに実る砂漠の中の楽園をイメージしたものだった庭園は、現在はキリスト教のシンボルである糸杉の並木と芝生に植えかえられている。19世紀にイギリス人が作り変えたもので、我々が見るタージ・マハルは、キリスト教の要素が加えられた姿でもあるのだ。

そして、最近問題となっているのが、環境汚染による被害だ。街の発展に伴う排ガスはモスクをヤニ色に染め、酸性雨は大理石を溶かしているという。美しい純白の姿を今後もずっと保っていけるかどうか、補修や清掃だけでなく、環境問題への取り組みも影響してきそうだ。

見学方法

混雑具合からも暑さからも、早朝に行くのがおすすめ。また、日の出の頃のタージ・マハルの美しさは地元のインド人たちが最も好んでいる姿。早起きして屋台で朝食をとりながら出掛けてみるといい。

入場の混雑には、セキュリティチェックの厳しさも関係している。持ち込めないものが多く、ほとんどのものは置いていくことになりかねない。余分な荷物は持たずに出掛けるのが最善だ。ツアーの車で来ている場合には、車内に置いていくとよい。

入場は基本日没までで、夜間開放は行われていない。ただし、日中に要人訪問などによって観光客の締め出しを行った場合には、再入場に限り夜間も見学できることがある。

また、満月の夜と前後2日間を合わせた5日間は限定200人の予約制で夜間観光ができる。日程を合わせられるなら、月に照らされて闇の中に白く浮かび上がる美しい貴婦人タージ・マハルの姿を見る貴重な体験となるだろう。ただし、墓廟内には入れない。

また、その日の天気によっては、排ガスのスモッグだけでなく霧も発生しやすい。天気予報や宿のスタッフなどのアドバイスを聞いてみよう。霧が発生すると、白いタージ・マハルは白い霧の中に消えてしまい、写真に残せなくなる。

外国人とインド人では、入場料が大きく異なる。これは近年の世界中の観光地に共通することなので、いたしかたない。

タージ・マハル内は、大理石を傷めないために裸足で観光することとなっている。外国人には、靴下や足の裏が汚れないようにとの配慮からか? 入場券に靴カバーがセットされているので、忘れずに受け取ろう。

荷物や靴の預かり所、そしてトイレではチップを要求されることもある。小額のチップが互いに気持ちよく接する潤滑剤となることも多いので、臨機応変に対応するといいだろう。

おすすめの楽しみ方

Wedding Photography, India.

Taj Mahal Museum

タージ・マハル周囲には、押し売りカメラマンがたくさんいる。おすすめポイントを教えてくれる便利な存在だが、金額交渉を忘れずに。プロ級のおもしろい写真やフォトアルバムを作成してくれるカメラマンもいるが、金額はさほど高くない。旅の良い思い出となるかもしれない。

敷地内には博物館があるので、オーディガイドのないタージ・マハル見学の際には、下調べのつもりで覗いておくといいだろう。

タージ・マハルのあるアーグラ

現代のアーグラは大きな都市であり、人口も観光客数も車もバイクも多い。

古くは、インドの有名な叙事詩である「マハーバーラタ」にも登場し、古代ローマの地理学者プトレマイオスの作った世界地図にもその名を見ることができる。

ムガル帝国の時代には首都に定められた。

アーグラ城塞

Agra Fort

タージ・マハルと並ぶ、アーグラの観光地。赤砂岩で作られているため「赤い城」と呼ばれ、皇帝たちの居城として建築された。内部は白大理石も使われ、美しく繊細な装飾が施されている。

アウラングゼーブが皇帝に即位すると、アーグラ城塞はシャー・ジャハーンの幽閉地となり、アウラングゼーブはデリーへと移ってしまった。

シャー・ジャハーンが幽閉された塔は公開されていて、見学ができるが、一部は厳しく管理されていて、覗くことすら許されない。好奇心は抑え目に。

タージ・マハル、ファテープル・シークリーとともに、世界遺産に登録されている。

ファテープル・シークリー

Fatehpur Sikri

ムガル帝国3代皇帝アクバルによって建設され、わずか14年で廃墟となった都市。

跡継ぎに恵まれなかったアクバルが、イスラム聖者の予言を受けて王子を得た。それを記念して遷都した新しい都だったが、台地という地形から、水不足が深刻であり、都市として長くは機能しなかった。

宮廷地区・モスク地区に別れた遺跡が点在している。どれも状態が良く、作られてすぐに捨てられ、そのまま放置された街とは思えない。

現在も、暑さと知名度の低さから、観光コースに組みこまれないことも多いが、体力に自信のある人には遺跡散策ができるおすすめの地だ。

必需品

タージ・マハル廟内はかなり暗い。ペンライトなどがないと、細かい装飾はよく見えない。

トイレ事情は徐々に改善されているが、それでもトイレットペーパーは存在しないか非常に高価なものだ。自分で持ち込むのがベスト。

透明ペットボトル水はたっぷりと持ちたいが、内部見学の際には取り上げられてしまうことも多い。その替わり、1本の温いミネラルウォーターが支給される。

インドの暑さは恐ろしい。特にタージ・マハルのように、日陰の少ない開けた場所を長時間移動する場合には、熱中症・日射病対策は必須だ。

帽子・日傘・ゆったりとした長袖の衣服といった太陽光を直接浴びない工夫の他、サングラスやタオル、冷えピタなど、天候と体調に合わせた暑さ対策を用意しておこう。

最後に

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最愛の妻のために建てた墓廟として有名なタージ・マハルには、さまざまな説話も残されている。

ムムターズ・マハルに横恋慕していた工匠が与えられたのは、王の嫉妬による両手切断だった、完成後にインドを去ろうとした現場監督を断首したなどの説話は、王が同様の建造物が建てられることを嫌ったために行ったと言い伝えられている・

地元インド人たちにとっては、自慢の種であり、飯の種であり、冷たい大理石の床で涼を楽しむ場所であり、憧れの貴婦人を称える場所でもある。

時間の余裕があれば、熱い日射しを避け、川を見下ろしながら大理石の床と壁に体をくっつけて涼む時間を持ちたい。

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