Mont-Saint-Michel

モン・サン=ミシェル修道院を歩いてみた感想と写真集

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Mont-Saint-Michel

海に浮かぶ巡礼地からフランス最大の観光地へ~モン・サン=ミシェル修道院

海が道を作ったその時にしか渡ることのできなかった巡礼地モン・サン=ミシェル。

世界遺産に登録された現在のモン・サン=ミシェルは、橋が渡されシャトルバスを利用して安全に気軽に訪れられる観光地となっている。

しかし、人の波にもまれながら、またガイドの後を追いかけるようにして観光していると、モン・サン=ミシェルが持つ本来の姿を見逃してしまいそうだ。

少し離れた位置からは、古来の巡礼者たちが見たであろう、海の先にそびえたつ荘厳な姿を、今も見ることができる。

現代の旅人も、徒歩でまたは馬で訪れたであろう巡礼者たちの見た景色を味わうべきだろう。その上で、伝説や歴史を抱え持つモン・サン=ミシェルの街と修道院をゆっくりと自分の目で見て回る時間を持ちたい。

潮の影響を受ける特殊な場所

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モン・サン=ミシェルは本来、ある時は海に浮かぶ島、ある時は陸とつながった半島の2つの姿を持つ。

それというのも、地形的に潮の影響を受けやすく、新月や満月の日には、なんと15メートルもの潮の差ができるという。そして、その15メートルの潮は大波となって陸地へ向かって迫ってきたり、沖へ向かって引いていくのだ。そのスピードは、「馬が全速力で駆けるくらい早い」といわれている。人間が逃げられないのはもちろんだ。

しかし、120年ほど前に観光用に道路が作られ地続きとなった。観光客は、干潮満潮の影響を受けることなく、いつでも安全にモン・サン=ミシェルを訪れることができるようになり、モン・サン=ミシェル内のお土産屋は安定した収入を得られるようになった。

陸続きとなった結果

ただし、誤算もあったのだ。

潮の流れが強いため、この地域の海底の砂は常に流砂となって動いている。干潮時には干潟となって現れる海底では、まるで濡れたアリ地獄のように、足を取られて危険なため、ガイドなしでの立ち入りが禁止されている場所があるほどだ。

この砂の流れが、作られた道路によって滞り、120年で2メートル以上の砂が堆積してしまった。その結果、モン・サン=ミシェルの周囲では、徐々に陸地化して砂丘が広がっていくという現象が起きている。

現在のモン・サン=ミシェルは、満潮となっても、島の周囲が海水で覆われることはもちろん、島の間際まで潮が押し寄せてくることもほとんどなくなってしまっている。

元の姿へ戻すための改良工事のはず

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すっかり陸地化が進み、羊の放牧地が広がるモン・サン=ミシェルの姿もまた美しい。しかし、世界遺産であるモン・サン=ミシェル本来の姿を取り戻すため、島のあちこちで工事が始まっている。

まず、取り組んだのが、砂の堆積の原因となった道路の取り壊しである。変わって建設されるのは、潮の流れを妨げない橋で、2015年の完成に向けて工事中だ。

堆積してしまった砂を再び潮の威力を借りて流し去り、元通りの海に囲まれる景観を取り戻そうとするはずのこの工事は、進むにつれてさまざまな問題点が発生してきているようだ。

その代表が、ヘリポートの建設と避難用トンネルの掘削工事だという。

非難用ヘリポートの必要性はともかく、その場所とそこへつながるトンネル工事が住民の間で反対運動にあっているという。近代的な橋がかけられることに加え、聖なる修道院の岩盤に穴を開けること、目立つ位置にヘリポートを作ることによる景観の変化などが危惧されているのだ。

そんな影響もあってか、工事はその予定期間を延ばし、完成までにはまだ数年かかるとも言われている。

モン・サン=ミシェルが抱える問題

モン・サン=ミシェルを元の姿へと戻すための工事の一環として、堤防道路を撤去し、島へは橋を利用して渡ることになる。

急増する観光客たちは、ツアーバスや車を大陸側の駐車場に置いて、シャトルバスに乗り換えるが、モン・サン=ミシェル市長とこのバスの運営と駐車場近くのレストラン経営の連携により、観光客はレストランを利用するか広大な駐車場を歩いて抜けなければ、シャトルバスに乗れない仕組みになっていた。

島内のレストランや土産物屋は客足が減るなどの影響を受けていたというが、この問題は、シャトルバスの停留所が増やされるなど、徐々に解消されつつある。

ヨーロッパを代表する観光地となり、年間300万人もの観光客を集めているだけに、世界遺産としての保護と、経済的な収入追求、それにともなって必要となる開発との折り合いが難しいようだ。

伝説と歴史

モン・サン=ミシェルの名は、「聖ミカエルの山」を意味し、旧約聖書に現れる大天使ミカエルに由来している。

これには伝説があり、司教オベールが、夢の中で大天使ミカエルに「この岩山に聖堂を建てよ」と告げられるも信じず、その夢を見ること三度目にして、大天使に触れられた額に穴が開いたことから、夢のお告げを信じるに至ったという。

それが、708年に最初の礼拝堂を作った際の言い伝えだ。

10世紀には、ノルマンディー公がベネディクト会の修道院を建て、その後増改築が繰り返されて徐々に現在の姿へと近づいていった。

14世紀には百年戦争に巻き込まれ、城塞として使用された。この時のフランス軍の勝利は、大天使ミカエルの守護があってのものとされ、さらにモン・サン=ミシェルへの信仰が集まるようになった。その時の戦いの跡は、現在も残るイギリス軍が放置していった大砲や弾に見ることができる。

18世紀にフランス革命が起こると、モン・サン=ミシェルの修道院は廃止され、変わってこの地は監獄として使用されることとなり、荒廃が進んだ。再び修道院としての姿を取り戻すのは、1865年、ナポレオン3世の治世下のことだ。

巡礼地としてのモン・サン=ミシェル

古くは「モン・トンブ(墓の山)」と呼ばれたモン・サン=ミシェルは、先住民ケルト人たちにとっても聖地だった。

修道院として知られるようになると大天使ミカエル由来の地として、多くの巡礼者が訪れるようになった。その頃の様子は、中世のままの街並みを残す参道や麓の街からうかがい知ることができる。

道路も橋もなかった時代には、波に飲まれた巡礼者も多かったといわれ、モン・サン=ミシェルを訪れるなら、遺書を書いていくように、といわれたほど、命がけの巡礼地だったらしい。

建造物

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島の頂上には修道院がそびえたち、島内には、石組み木組みの家々や石畳、要塞としての名残りである城壁や塔などが残されている。

島内の建築物は、時代をまたいでさまざまな建築方式による増改築が繰り返されたために、複雑な造りとなっている。

主要外観はゴシック様式であり、華美な装飾のない落ち着いた佇まいだ。内部は、ノルマン様式、ロマネスク様式など、パーツごとに中世のあらゆる建築様式が寄せ集められている。そして、修道院周囲は、軍事施設によって取り囲まれている格好だ。

修道院をはじめとする建造物そのものは、ほかの世界遺産と比較すると地味であり見どころも少ない。しかし、実際に歩いて小道を抜け、階段を上ってやっと辿りつくことのできる修道院の位置からは、建築の困難さを感じ取ることができる。また、離れた位置から見た時のモン・サン=ミシェル全体の荘厳さから、その存在意味をも感じ取りたい。

観光の仕方

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パリから日帰りのツアーが多い。移動に片道4時間ほどかかるため、現地での時間は日中の4.5時間程度しかとれないことが多い。そのため、昼間は観光客が集中し、非常に混雑する。

ガイド付き、食事付きのものも多く、観光そのものはスムーズ。修道院へも団体口が使用でき、並んで待つ必要がないという利点がある。

しかし、自由行動の時間がほとんどないため、お土産屋を覗く程度しかできず、街を散策するだけの余裕はないかもしれない。

さらに、美しい朝焼け夕焼け、そしてライトアップされた夜のモン・サン=ミシェルを見ることができないのは残念だ。

できれば、近くに1泊して、時間ごとに違った姿を見せるモン・サン=ミシェルを楽しみたい。また、常に混雑している印象のモン・サン=ミシェルだが、朝はオンシーズンでも空いている。人でごった返していない、素の姿を味わえるチャンスだ。

3つの並んだモン・サン=ミシェル

モン・サン=ミシェルは、フランス側の陸地から1キロほどのところにある。そこからイギリス海峡をはさんだ、英国側にも「セント・マイケルズ・マウント」という名の良く似た島がある。英語とフランス語ではあるが、まったく同じ名称だ。

モン・サン=ミシェルの修道院と同じくらい古い歴史のある修道院を持つこの島は、フランスのモン・サン=ミシェルと南北1直線上にある。

干潮時のみイギリス本土とつながる石畳の道が現れる、古来の姿をそのまま保つセント・マイケルズ・マウントは、通ってきた歴史も良く似ていて、修道院でありながら要塞として使用されたために、大砲が残されている。

両者の違いは、尖塔のあるなしだろうか。セント・マイケルズ・マウントの修道院には尖塔がないために、一見したところは城のように見える。また、観光客の少なさも大きな違いだ。

さらに、アイルランド南西端に位置する「スケリッグ・マイケル」も、聖ミカエルを祀る修道院が建てられた島だ。他の2カ所と違い、陸地から離れていて、干潮時にも陸続きになることはないが、その厳しい環境のために、古くからの遺跡や建造物の保存状態が良い。

この島の位置もまた、ほかの2島と同直線上に存在することから、注目されている。

最後に

古くから、巡礼の前に遺書まで書いて目指したモン・サン=ミシェルの地。聖地としてだけでなく、戦いの場として勝利をおさめたことから、堕天使や竜を倒した聖ミカエル像と重なり、戦いの守り神のような存在として崇められたという。

現在のモン・サン=ミシェルは、観光地化が進み、開発と人ごみによって本来の姿を味わいにくくなっている感もある。

美しく厳かな存在感をもつ世界遺産と観光地としての両立を果たす、今後の発展に注目したい。

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