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軍艦島訪問記【前編】~軍艦島上陸クルーズに参加した感想

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1974年に閉山して以来、長い間閉鎖されていた軍艦島ですが、2009年4月より上陸が許可されました。2015年には軍艦島を構成遺産に含む「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が世界文化遺産に登録され、ますます注目が集まっています。
※軍艦島は通称で正式には端島といいます※

軍艦島へ渡るにはいくつかの船会社がツアーを運営しています。今回は高島海上交通さんのツアーを利用して、念願だった軍艦島に上陸してきました。
ツアーの詳細および予約はこちら:高島海上交通

軍艦島は波の荒い場所にあるため、いつでも上陸できるとは限りません。長崎市の条例より、自然条件・安全基準がそろわないと上陸が許可されません。
上陸の判断基準は“風速が5mを超える時、波高が0.5mを超える時、視程が500m以下の時は上陸不可”となっています。安全基準をクリアする日数は年100日と想定されています。

 

軍艦島上陸クルーズに参加

ツアーは午前と午後の2便があり、筆者は午前便に参加しました。まずは軍艦島クルーズ事務所にて受付けを済ませ、見学施設区域以外に入りません、などの誓約書にサインをします。
ツアー当日は風が少しあり曇り空、上陸できるかドキドキでした。午後から雨が降り出したので、午前便はギリギリセセーフでした。
9:10 ツアー船は長崎港から出港します。
高島海上交通さんの高速船BLACK DIAMONDです。
軍艦島1
長崎港を出るまで船は殆ど揺れません。景色を楽しみつつ、ゆっくりゆっくり進んでいきます。
外海に出たあたりから立っていられないほどの酷い揺れが襲います。たまに体がジャンプします。船酔いが心配だったので乗船と同時に酔い止めを服用しました。これで船酔いとは無縁、揺れに揺れる船がアトラクション気分で楽しかったです。
40分ほどで高島に到着します。
こちらも炭鉱で栄えた島です。1986年まで高島炭鉱が操業していました。一旦船を下りて石炭資料館を見学します。(見学時間約30分)
こちらは軍艦島の模型です。ここでツアーガイドさんの話を聞きながら軍艦島についての事前知識を入れます。
今回のツアーには軍艦島の元島民の方が添乗してくれました。当時の暮らしぶりや青春時代のデートスポット、実際に住んでいた方だからこそ語れる貴重な話ばかりでした。
軍艦島2
高島から10分後、軍艦島が見えてきました。
海上にポツリと現れる人工物、密集する建物に色彩はなく、都市であるのに人の姿や活気を全く感じない異質な島、圧巻の光景でした。
1
いよいよ軍艦島に上陸します。(見学時間約50分)
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見学用の通路が整備されています。
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こちらが島内の地図です。
無題
第1~3まである各見学広場にてガイドさんの説明があります。最後に第3見学広場、30号棟の前で集合写真を撮ります。希望者は写真料が別途かかります。30号棟(下記の写真)は日本で最初の鉄筋コンクリート造りの高層アパートで、建築学的にも非常に価値のある建物です。
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見学できるのは整備された見学通路のみなので、端島小中学校やアパートの密集しているエリアには近づけません。島をぐるっと周遊する時が見るチャンスです。望遠で撮影した端島小中学校と65号棟です。高台の建物(3号棟)は炭鉱の幹部職員の住居です。島で1番見晴しの良い場所に立っています。
軍艦島4
上陸クルーズを終え、船は長崎港へと戻ります。
島内の施設に関しては軍艦島訪問記【後編】にて詳しく書きます。

 

ガイドさんの話が心に響く

上陸が禁止されていた頃から軍艦島は巨大な「廃墟」として、廃墟マニアには有名な場所でした。
しかし、実際に訪れてみると、「廃墟」ではなく、日本の近代史を物語る「遺跡」であり、その独特な存在感に圧倒されました。
ガイドさんが仰っていたことが心に響きました。
“「廃墟」という言葉には抵抗がある。自分の故郷が廃墟と呼ばれたら誰しも不快になるはずだ。心無い落書きや破損は許しがたい”
訪れる前まで軍艦島は廃墟の島、と言っていた自分にカツを入れたくなりました。ここで生きてきた人たちの気持ちを考えない軽はずみな思想でした。

 

まとめ

軍艦島は石炭産業によって日本の近代化を支えてきました。かつてこの島には5,300人もの暮らしがありました。学校があって、病院があって、 映画館、パチンコ、神社、床屋、バー、島には全ての生活基盤がありました。日本最古の鉄筋コンクリートの高層アパートが建てられたのもこの島です。
テレビが普及するとあちこちにアンテナがつけられました。(島民は比較的裕福な生活をしていました。テレビ・洗濯機・冷蔵庫の3種の神器の全国普及率が20%前後だった頃、島での普及率はほぼ100%でした。)流行の先端はいつもこの島にありました。 まさに繁栄でした。

しかしその繁栄は永遠のものではなく、
エネルギーの需要が石炭から石油へと移ったことで炭鉱の仕事は減少、 人口も減り、1974年に閉山し、無人の島となりました。
繁栄から衰退へ。軍艦島を訪れて、近代日本の歩みと栄枯盛衰を肌で感じる旅となりました。

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