Lisbon

地球の西の果ての港街~リスボンをじっくり歩いてみた「絶景写真」

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Lisbon

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香辛料交易で得た富によって繁栄した西の果ての港~リスボン

世界がまだ小さく狭かった時代、勇気ある探検家たちが海へと漕ぎ出した場所、それがリスボン。

大航海時代の先頭を切り、植民地との交易で莫大な富を得たリスボン。

他民族に何度も侵略され、街を破壊されたリスボン。

大地震に何度となく襲われて、市民にも街にも大きな打撃を受けたリスボン。

どれも本当のリスボンであり、リスボンは、多くの試練を交易による富によって乗り越えてきたたくましい街だ。

リスボンはどんなところか?

ヨーロッパの最西端に位置するポルトガルの首都。リスボン市内に周辺地域を含んでリスボン都市圏と呼ぶ、ポルトガルの政治・経済・文化の中心地だ。

街はテージョ川に沿って発展し、内陸には高い丘や深い谷のある起伏に富んだ地形を持つ。

リスボン市は、行政教区で分けられているが、実際には、古くから住民たちによって使われてきた「バイロ」と呼ばれる地区で呼びならわされている。

バイロには、正確な線引きがなく、住民たちの文化や生活水準などの感覚で分けられた、リスボンらしい地区名となっている。

リスボンのローマより長い歴史

ローマよりも古い、西ヨーロッパ最古の都市として紀元前1200年にさかのぼる長い歴史を誇るリスボンだが、ローマ帝国の支配を受け、大きな影響を受けている。巨大な劇場、浴場、神殿、ネクロポリスが建造されたのがその一例だ。

ローマの勢力が衰えると、リスボンは各地の他民族にかわるがわる支配される運命をたどる。中世に入ると、イスラム教徒による支配を受けるが、リスボンではキリスト教徒やユダヤ教徒もその権利を認められ、異民族が共生していた。

しかし、十字軍とイスラム勢力の攻防が激しくなると、その影響を受けはじめた。交易の中心地であるが故に経済的には安定しつづけたが、政治的・文化的には、両者の勢力に常に右往左往させられる状態が長く続いた。

近世に入ると、大航海時代の波に乗ったポルトガルは、世界中へと遠征隊を派遣し、植民地を作り、その交易によって大きく繁栄するようになった。

ポルトガル・リスボンの繁栄と試練

植民地交易で繁栄したポルトガル・リスボンは、現在世界遺産に登録されているマヌエル様式の建造物などが次々建てられる黄金期を迎えた。

ポルトガルとスペインの二重君主制とそれに対抗する王政復古戦争などの衝突によって、ポルトガルの独立は一時的に失われたが、引き続き世界中の植民地からもたらされる交易品による財でリスボンは潤っていたという。

しかし、リスボンが受けた試練はそれだけにとどまらず、年に数回という頻度で大地震やそれに伴う津波が発生し、大打撃を受けた。ポルトガル南部は壊滅状態ともいえる被害を受け、リスボン市でも、人口の15~20%が犠牲となったといわれている。

しかし、それだけの被害を受けても、立ち直るだけの経済力を持っていたリスボンは、市内の大半を近代的な都市計画に沿って再建したのだ。

現代のリスボン

ナポレオンによる侵略でも街は被害を受けたが、それをさらなる近代化へのステップとし、リスボンでは急激に商工業が発展し、街の修復も早かった。

第二次世界大戦中には、多くの難民の脱出口として、また各国で暗躍したスパイたちが羽を休めに訪れる避難場所として利用されたという。

20世紀半ば以降、ポルトガルでは3度の革命が起こり、現在のポルトガル第三共和政へと移行してきた。

リスボンの街は、長い歴史があるにも関わらず、歴史的建造物の残存率は高くない。異民族による破壊と自然災害による破壊に対抗する財力を、主に街に近代化へと向けたためだ。

しかしそれでも、ほとんど奇跡的に残された歴史的建造物があり、街は古き良きリスボンらしさをところどころに残しながら、近代化を続けてきたことを、街を歩けば肌で感じることができる。

バイシャ周辺

Comercio Square

バイシャは、リスボンの中心。「低地」を意味するバイシャは、リスボン地震で壊滅的被害を蒙った後、耐震構造を備えて新たに建設された比較的新しい街だ。街は碁盤の目状になっていて、通りには多くの商店が軒を連ね、観光客と地元っ子で賑わっている。

コメルシオ広場を中心に、北にはロシオ広場とロシオ駅が、西にはカイス・ド・ソドレ駅があり、リスボン郊外への列車の旅の出発地点となっている。市内には他にもスタイルの異なる列車が多く走り、鉄道好きにはたまらない魅力となっている。

バイロ・アルト地区

Bairro Alto and

バイシャ(低地)とは対象的に、バイロ・アルトとは「高い地区」を意味する。リスボンの娯楽の中心地として、近年発展著しい地域だ。

ひっそりとした住宅エリアとナイトライフエリアとが隣り合い、昼間はおしゃれなショップでショッピングを楽しむ姿が、夜にはおしゃれなバーやレストランなどでナイトライフを満喫する若者や観光客を見ることができる。

シアード地区

Luis de

ルイス・デ・カモンイス広場を中心とする古くからの街並みが残るエリア。落ち着いた雰囲気のカフェや地元の人たちが生活の中で使用する本屋や小間物屋などがあり、リスボンの落ち着いた生活を覗き見できる。

老舗カフェ「カフェ・ア・ブラジレイア」は、ポルトガルの国民的作家で詩人の「フェルナンド・ペソア」お気に入りのカフェとして、地元では知らない人のない店。

日本ではあまり知られていない作家だが、ポリトガルのモダニズム運動の中心となった人物だという。カフェには、カプチーノを楽しむ姿のペソア像がある。

アルファマ周辺

泉や浴場を意味する名を持つアルファマは、リスボンでも最も古い地区になる。複雑に密集した路地と小さな建物、ところどころに造られた小さな広場が特徴の下町的な雰囲気を持つアルファマは、リスボン地震の被害をあまり受けずに済んだため、近代化には遅れを取ってしまった。

しかし、古い町並みはノスタルジーを誘い、古い建物をアンティーク風にリフォームして、ポルトガルの情緒あふれる新しい観光地区として徐々に改修が進んでいる。民族音楽であるファドを楽しめるバーが多いのが特徴だ。

丘の上には「サン・ジョルジェ城」、その麓には「カテドラル」がある。また、周囲の丘にはいくつかの展望台があり、リスボンの街をいろいろな角度から見下ろすことができる。

ベレン地区

15~16世紀の大航海時代を支えたのがベレンの港。ポルトガルの探検家たちは、ここから世界を目指して旅立っていったのだ。

その姿を見守ったのが、要塞化された灯台の「ベレンの塔」。同じく、ベレンの塔に守られるように立っているのが、「ジェロニモス修道院」だ。この2つの建造物は世界遺産に登録されている。

このほか、「ベレン宮殿」、「アジュダ宮殿」などの旧王室宮殿と、宮殿を改装して造られた「国立古美術館」、馬具や馬車を集めた珍しい「国立馬車博物館」がある。

ヨーロッパ一の吊り橋「4月25日橋」、ブラジルとお揃いの「キリスト像」もこの地区の見どころだ

そして、これらの歴史的建造物とは対照的に現代風の、「発見のモニュメント」もこの地区にある。

エキスポ地区

1998年開催の「リスボン万博」の跡地に造られた近代的な副都心地区。ガラスや金属で作られた近代的なビルやホールが立ち並ぶ、リスボンっ子自慢のモダンエリアとなっている。

ヨーロッパ最長の「ヴァスコ・ダ・ガマ橋」が見通せる広々とした歩道の頭上をロープウェーが通り、デートコースとして人気のショッピングセンターや「リスボン水族館」もある。

アルカンタラ地区

リスボン郊外に広がる身近な田舎であり、貴族たちのピクニック先だったアルカンタラだが、現在はリスボン市街地にのみこまれている。

古い工場や倉庫がリフォームされ、若者向けのパブやディスコに改造されているほか、やはり若者向けのおしゃれなアパートなどが立ち並ぶ、流行の最先端を行く地域に変身しつつある。

サン・ジョルジェ城

San Jorge Castle

リスボン市内に残る建造物としては最古。ローマ時代にはすでに、丘の要塞化が進められていたといわれている。

しかし、他民族の侵略により城も占領を受け、取り戻しては改修し、また奪われて取り戻すという繰り返しの歴史を持っている。

14世紀には新たな城壁と塔が建てられ、城は聖ジョルジェ(聖ジョージ)に捧げられ、「サン・ジョルジェ城」と呼ばれるようになった。

古い中世のアルカソヴァ城は1531年の地震で、新しい王宮リベイラ宮殿も1755年の地震で被害を受け、再建されてもまた地震で被害を受けるという繰り返しだった。

城郭内には、完全には再建されないまま放置された城と、新たに造られた不釣り合いな建造物とがいりまじった状態で存在していた。

現在は王宮跡として壁が残るばかり。城郭の中には、庭園と広場が残されていて、観光客はリスボンの眺めを味わうために登ってくる。

サンタ・ジュスタのリフト

カルモ通りにあるため、「カルモのリフト」とも呼ばれるエレベーターで、築100年を超える歴史的建造物の一つだ。

外見は45メートルの高さを持つ鉄塔のようであり、内部には20人以上が乗れる巨大なエレベーターが2台設置されている。内装は木製のレトロな感じ。最上階のテラスへは螺旋階段で上がるが、その高さは実際以上に足元をふらつかせる。高所恐怖症は要注意だ。

エレベーター上部には、下の「バイシャ地区」と上のバイロ・アルトを結ぶために造られた連絡橋が設けられている。坂をえっちらと登らずにすむという利点と思いのほかの高さから眺める景色の素晴らしさと怖さから、観光客の長い列ができている。

カテドラル

Cathedral

「リスボン大聖堂」、「サンタ・マリア・マイオール・デ・リシュボア大聖堂」または、シンプルに「カテドラル」と呼ばれる教会は、市内でもっとも古いもので、地震の被害を受けては改修されてきたため、異なる建築様式の複合建造物となっている。

イスラム勢力を追放した後の1147年に、モスクの跡に新たな大聖堂を建てたのが始まりである。聖遺物が保管されていた時期もあり、常にリスボンの信仰の中心としての役割をはたしてきた。

現在の姿は20世紀初めに再建されたもの。主要な出入口である西のファサードは、廃墟となった中からかけらを拾い集めて再建されたといわれている。ここには「バラ窓」と呼ばれる円形のステンドガラスがあり、聖母マリアを暗示している。

コルメシオ広場と勝利のアーチ

リスボン地震で破壊された宮殿の跡地に造られた広場で。勝利のアーチがあることで知られている。定時がやってくると鐘を鳴らして時間を知らせてくれる。

改修を終えた勝利のアーチは、エレベーターで上がることができ、360度のリスボンを眺めることができるようになっている。

勝利のアーチの頂上の像は勝利の女神、その下の紋章はポルトガル王室のもの、その左右には、ヴァスコ・ダ・ガマとリスボン地震後の再建立役者であるポンバル侯爵の像が飾られている。

コーチミュージアム

Coach Museum

世界でリスボンにしかない「馬具と馬車」を専門に扱う博物館も一見の価値がある。

天井や壁にフレスコ画が描かれたホールに、ずらりと並べられているのは馬車。

コーチ部分だけでなく、車輪や御者台まで絢爛豪華に飾られたものもあれば、田舎道をロバが曳いていそうな質素な馬車もある。

ヨーロッパにおける馬車の歴史や、こまごまとした馬具の展示もあり、身近な乗り物でないだけに、興味を惹かれる不思議な博物館だ。

発見のモニュメント

テージョ川をまたいでかかる4月25日橋を背に、上流に向かって立つと左手に見えるのが「発見のモニュメント」。

高さ50mを超える帆船をモチーフにした白いモニュメントには、「エンリケ航海王子」、「ヴァスコ・ダ・ガマ」、「フランシスコ・ザビエル」など、世界へと旅に出たポルトガルの英雄たちがずらりと押し合うように並んでいる。

石造りのモニュメントの内部には入ることができるようになっている。

川の対岸には、ブラジル・リオデジャネイロに立つキリスト像と同じ、両手を広げた姿のキリスト像が立っている。

カンポ・ペケーノ闘牛場

ポルトガルの闘牛は、牛を殺すことがない「騎馬闘牛(レホネオス)」として知られている。

中世の騎士のように華麗な衣装を着こんだマタドールならぬレホネアドールが、興奮した巨体の牛相手に、槍を浅く突き刺していく。ここが第一幕。

続いての第二幕では、フォルカードと呼ばれる数人の男たちが体を張って牛に飛びつき、飛び乗り、しっぽをつかんで牛を翻弄する。見ている側としては、どちらが翻弄されているのか区別がつかない。

しかし、牛は視界をふさがれ、しっぽを引っ張られてコントロールを失い、グルグルと回り始める。そして、最後には目を回して倒れてしまうのだ。

第三幕では、牛使いのおじさんたちが普通の大人しそうな牛たちの群れを引き連れて会場に現れる。ゆっくりと倒れている牛の周りをぐるりと歩くと、倒れていた牛がもがくように立ち上がり、群に加わって退場していくのだ。

ポルトガルでも大人気の闘牛。確かに会場では牛は殺されないが、傷ついた牛はその後、食肉として処分されるとのこと。複雑だ。

リスボンと市電

Tram

リスボン市内は急な坂がいっぱい。そこを歩いて観光するのは特に夏場はキツイものがある。

地下鉄、バス、タクシーもあるが、一番の人気はトラム。いわゆるチンチン電車が活躍している。のんびりとしたスピードで走るトラムは観光をしながらの移動にぴったり。

リスボンの市電であるトラムの博物館が、トラムの運行会社である「カリス社」の敷地内にある。

三角屋根がいくつも連なった車両基地も十分に展示的価値があるが、旧式の車体や模型、車掌の制服や切符などの展示もあり、こちらも電車好きなら見逃せない。

特に第一展示場から第二展示場への移動に使われている旧式車両が素晴らしい。これに乗るだけでも、ここを訪れた価値があるというもの。フロックコート姿の運転手が細かい手作業で運転する様子にじっと見入ってしまう。

世界遺産「ジェロニモス修道院」

ヴァスコ・ダ・ガマの海外探検によってもたらされた、香辛料によって得た富を費やして建造された白亜の修道院。ヴァスコ・ダ・ガマの遺体の一部と棺が安置されている。

16世紀初頭から3世紀かけて建てられた大規模で壮麗な建築様式が見事だ。サンタ・マリア教会と回廊のほか、国立考古学博物館と海洋博物館が併設されている。

世界遺産「リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔」の構成資産の一つ。

世界遺産「ベレンの塔」

世界遺産を構成するもう一つが「ベレンの塔」。16世紀に、ヴァスコ・ダ・ガマの世界一周を祈念して建造された、要塞型の塔であり、海に半分突き出たような恰好で立っている。建造当時は、海の中に立っていたともいわれている。

塔内には武器類の展示があり、階段を上がると屋上の展望台に出ることができる。

日曜日とリスボア・カードがお得

リスボン市内の観光には、「リスボア・カード」が便利。市内の美術館に無料で入れたり、公共機関が乗り放題になる観光者用のお得なカードだ。

ただし、全ての施設や交通機関で使えるわけではなく、並んでチケット購入する必要のある場所も多いので、観光ルートによっては、あまりお得感がないこともある。

また、リスボンの美術館などの施設では、日曜日に無料開放を行っていることが多い。日本と違い、日曜日だからといって、博物館や美術館が混むということも少なく、どちらかというと空いているくらい。特に日曜の午前中はおすすめだ。

ポルトガルといえばエッグタルト

Egg tart

日本からほど近い「マカオ」の名物として認識されているかもしれないが、エッグタルトの本場はポルトガル。街のあちこちで、香ばしさに鼻を刺激される。苦いエスプレッソと一緒に食べるのがポルトガルスタイルだ。

また、ポリトガル料理では、日本でも馴染みのあるシーフードが、一風変わった調理法で出される。軽いカルチャーショックと共においしい体験ができる。

世界遺産「シントラ」

リスボンに隣接する街「シントラ」には、ムーア人たちの城跡や、ポルトガル王室ゆかりの文化財が多く残されている。

白亜の夏の離宮「シントラの王宮」や、地震で崩壊した修道院跡に建てられた「ペーナ宮殿」など、保存状態の良い王室ゆかりの建造物が残っていることで人気となっている。

「シントラの文化的景観」として世界遺産にも登録されている。

最後に

Lisboa

リスボンの都市は成長を続け、郊外へと広がり続けている。ポルトガル全土と比べても、周辺国と比べても、経済的に安定した街といえるだろう。

また、歴史や文化的な面だけでなく、治安の良さから観光地としての人気も高い。

街は生活感があり、地域によっては貧富の差を感じる部分もある。また、歴史的建造物の保存状態は決して良くないが、必要に応じて修復を繰り返してきた様子から、リスボン市民にとって大切な身近な存在であることが伝わってくる。

英語が通じにくく、店の看板や地図の記載も英語が少ないリスボンだが、街全体が、観光客を親切に温かい対応で迎えようという姿勢を持っているので、困った時には素直に甘えてみるといいだろう。

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