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北野武。ビートたけしと呼ばれるお笑い芸人。それも業界トップ3の一人と言われる実力者・重鎮です。そして、映画監督として20本近くの映画を創造し、脚本を手掛け、自身の映画にも、ほかの映画やドラマにも主役クラスで出演し続ける俳優でもあります。さらには、司会者として過去から現在にいたるまで膨大な数の番組やプログラムを巧みに進行してきました。

と、ここまでは多くの人が知っている現在の北野武像です。彼の才能のはけ口はまだまだ広がっていきます。写真家として、ダンサーとして、ミュージシャン、ニュースキャスター、作家、大学教授、博識なクイズ王としての顔まで持っている北野武。

これまでに彼が残してきた数々のアーティスティックな才能の数々をご紹介していきます。

北野武の作品

まず北野武の作品を少しだけ紹介いたします。

※写真は公式サイトやファンサイトさんからお借りしています。引用元は各写真下部記載

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北野武の経歴

1947年東京生まれ。ビートたけしとビートきよしの二人組の「ツービート」として、漫才ブームの火付け役となり、早口でちょっとべらんめぇな江戸言葉を使ったブラック系トークで、1980年代に一世を風靡しました。

多くの成功しているアーティストの、そこへ至るまでの人生は不思議に物語性が強いようです。北野武も例にもれず、教育熱心な親のもとで、順当に進学校へと進み、大学に入学した彼には、明るい未来が待っているはずだったのかもしれません。

ところが、大学生活に馴染めなかった彼は五月病を発症して迷走しはじめます。入り浸っていた新宿では、当時流行っていたジャズ喫茶のボーイとして働き、彼のジャズ熱と知識はこの時代に磨かれたといいます。また、ここでは不思議な縁のつながりもあり、同じボーイ仲間には、作家の萩原朔美や連続射殺事件死刑囚の永山則夫が、客には村上春樹や中上健次もいたとか。

さまざまなアルバイトを経験する中、映画の端役や演劇構成にも携わるなど、その後のタレント業への才能の芽吹きもそこここに見え隠れしています。その後、「自分は理系だから」という理由から、文学ではなく演芸方面の芸人を志望し、浅草のストリップ劇場で芸人見習い志願として働き始め、徐々にコントやダンスなどで舞台にも進出していきました。このころの下働き芸人経験が後のツービートの芸風に大きく影響しているそうです。

お笑い界に大風が吹き荒れたその後、多くのお笑いタレントがそれぞれの新しい道を見出していきましたが、ビートたけしがその力を振り分けたのが、「映画」の世界。お笑いを離れたアーティスト「北野武」が、既にお笑いだけでなくマルチに活躍するタレントであった「ビートたけし」の枠から飛び出してきたのです。

アーティスト「北野武」の活動内容

ツービートのビートたけしというお笑い芸人から、一本立ちしたタレントのビートたけしとしての活躍への移行は、漫才ブームの終わりとともにスムーズに進んだようにみえます。その後のビートたけしは、テレビやラジオに、自身の名前を冠した番組を持って、それぞれを人気番組として盛り上げつつ、一タレントとして、お笑いを超えた分野への出演も増やしていきます。

この時期には、高視聴率冠番組の企画構成を北野武が行い、同時に歌手としてのレコードリリース、ゲームの企画、小説出版なども行っています。ただ、同時進行で、趣味でもあり芸の肥やしでもあるという音楽やダンスのレッスンを続けていたことや、芸能界を中心とした交友関係を縁に、フェラーリやポルシェを使ったり模したりしたプロデュースカー作りをするなどの多才さは、あまり周囲に知られていません。

当時、大いにマスコミと世間を賑わせた、1986年のフライデー襲撃事件、1994年のバイク事故では、ビートたけしも北野武も復活できないのではないかとまで言われましたが、そのたび見事によみがえったところも、一つの才能といえるかもしれません。

その後、映画監督デビュー、映画俳優、絵本、写真集、コンピューターゲームなど、さらにアーティストとしての幅を広げていきます。

北野武の映画監督デビュー

北野武の映画監督としてのデビューは「その男、凶暴につき(1989年公開)」。実はこの映画、当初は深作欣二監督、北野武主演で話が進んでいたものの、スケジュールの都合で深作欣二が辞退し、これまで映画経験こそほとんどないけれど、話題性や人物性を見込んだ松竹が北野武に監督兼主役でどうかと話を持ちかけたとのこと。

映画監督は北野武自身の夢だったわけではなく、成り行きだったというオチ。ところが、その後も彼は映画を撮り続け、国内のみならず、海外でも多くのファンを持ち、映画祭に招待され、賞を取る作品を創り出していきます。

北野武監督映画作品

初監督の「その男、凶暴につき」に続き、「3-4X10月(さんたいよんえっくすじゅうがつ)」、「あの夏、一番静かな海。」「ソナチネ」「みんな~やってるか!」「キッズ・リターン」「HANA-BI」「菊次郎の夏」「BROTHER」「Dolls」「座頭市」「TAKESHIS’」「監督・ばんざい!」「アキレスと亀」「それぞれのシネマ」「アウトレイジ」「アウトレイジ ビヨンド」「龍三と七人の子分たち」「アウトレイジ 最終章」とほぼ1年に1本のスピードで作品を仕上げていきます。

ここに、監督ではないものの、出演したもの、原作が使用されたものなどを含めれば、ざっと50作品を超えてきます。

映画が国内外で数々の受賞を

北野武が創り・出演する映画の良さは、迫力だったり、冴えわたるような冷たさ・静けさだったり、しみじみとした温かさだったりなつかしさだったりと、その作品ごとに異なります。どんな形であれ、それを見た人々を感動させてきた、その証拠が受賞歴として表れているといっていいでしょう。

映画監督としての新人時代には、「日本映画監督協会新人奨励賞」を、国内ではその後、「ブルーリボン賞 監督賞」、「日本映画プロフェッショナル大賞 監督賞」、「日本映画批評家大賞 監督賞」などを次々に獲得していきます。

そして北野武の映画は海外でもさらに高く評価されます。1991年の「トリノ国際映画祭 特別賞」からはじまり、「ヴェネツィア国際映画祭 金獅子賞」と、同じく「銀獅子賞」を代表として、世界各地の映画祭に招待され、そこで喝采を浴びます。

俳優・北野武の発展

自身の映画でもかなりの数の作品に出演している北野武。主役を担っていることも多いのが特徴です。最初の監督作品では、もともと主演のみであり監督は思いがけず転がり込んできたチャンスだったという経緯があります。これをきっかけに、その後の自作自演的な映画作りで彼が本領発揮していく流れを生み出したのかもしれません。

最初の監督作品では、「映画監督の大変さ」についてコメントしている北野武ですが、彼は、その大変な監督業をこなしつつ、俳優として演技をし、またその映画を離れた時間には、テレビに出演し、ラジオでしゃべり、時にはライブも行うという、非常に多忙かつ精力的な活動を続けています。

その中でも、お笑い芸人から少し外れた、「俳優業」は、北野武の名前にとって、外すことのできない看板になっていきます。北野武が出演する映画の数もかなりのものですが、テレビドラマとなるととても数えきれない多さ。そして、そんなドラマに年1~3本出演という数をこなしていきます。

初めての映画出演からハリウッドデビューへ!

1983年日本公開の「戦場のメリークリスマス」では、監督も主役も原作も異なりますが、主要キャストとして出演しました。この時の出演者名はビートたけし。そう、この時はまだ、映画人ではなくお笑いタレント色の濃かった彼が出演しているのです。

「戦場のメリークリスマス」は、日・英・オーストラリア・ニュージーランドの4国合作。日本ではテレビ朝日が映画製作に初めて参加した作品として知られています。監督は大島渚。音楽は坂本龍一。出演はデビット・ボウイ、坂本龍一、ビートたけしほか。

ジャワ島にあった日本軍俘虜収容所を舞台とした人間劇で、大戦下、日本統治下にあったジャワ島で、それぞれの国、民族、嗜好、宗教、友情、道徳などを絡ませた作品に仕上がっています。

この映画の中でビートたけしが演じるのは、俘虜収容所内で起きた事件の処理を担当するハラ・ゲンゴ軍曹役。威丈高で粗暴なのに、俘虜との対話の中で不思議な人間性をチラ見せする難しそうな役です。

戦争映画ですが戦いのシーンはまったくなく、上から押さえつけるビートたけし演じるハラ・ゲンゴ軍曹ら日本軍人と下で耐える捕虜たちとの、瞬間的な触れ合いを描いています。

出演者のほとんどが、当初の予定から変更されたといい、結果的に、まったくの俳優素人であるビートたけしと坂本龍一の棒読みぶりが、観客の歓心のすべてをさらったともいわれる、どんでん返し的な成功をおさめています。キャスティングだけでなく、予算不足から作品が日の目を見るまでに2年以上かかったそうですが、オファーを受けていたデビット・ボウイはその2年間、体を空けて待っていたという逸話もあります。

北野武にとって、映画の世界を体感した初めての作品がこの「戦場のメリークリスマス」。この出演で世界的にまずは俳優として認識され、近未来SF作品「JM」でバリウッドデビューを果たしています。

いろいろなジャンルの書籍でデビュー

発表した作品はやはり、北野武名義のものが多いのが特徴です。書籍では、「午前3時25分」が1983年に太田出版から出ています。ビートたけしの毒舌や激しいお笑い芸の裏にある闇の部分も明かされるような内容に、読んだ人からは驚きの声が強かった作品です。その後、「たけしくん、ハイ!」のヒットなど、書籍も毎年のように出版していきます。

一方ビートたけし名義では、写真集が目に付きます。その内容は、彼のタレントとしての活動と結びついたものもあれば、まったく異なるものもあります。

また、タレント系アーティストが絵本を手掛けるのはよくあること。北野武も「ほしのはなし」を2012年のポプラ社から発表しています。「ぼく」と「おじいさん」の会話でつづられるこの作品は、銀河には必ず一人に一つ自分の星があって、生きていても死んでいても、近くにいても離れていても、必ずつながっているんだというメッセージを伝えてきます。

その内容はもちろん感動的で良いのですが、驚くのは、この絵本の形態。見た目は普通ですが、いざ読まんとすると、ページのめくり方に戸惑います。折りたたまれたページをパタパタと広げていくと、1200mm×800mmほどの星空が出来上がる仕組みになっているのです。

北野武のアートにはどこで会えるか

新しい映画作品なら映画館へ、古い作品はネット購入やレンタルショップなどで、今も観ることができます。

書籍類の中には、絶版になっていたり、ストックなしのも多く、必ずしもすべてを手に入れるのは難しい状況となっています。そんな本は、書店よりも、古本店や図書館などで見つけられるかもしれません。

芸人としてのビートたけしは、今も活動中。ピンで、時には芸人仲間と組んで、ライブや特別番組で、時には明るく、時にはそのダークな笑いの世界を楽しませてくれます。また、テレビドラマに登場する北野武は、もちろん、その役柄を演じているのですが、それでもなお、どこかに北野武という人格がしみついたまま。彼の個性がその役を喰ってしまっているかのようです。

映画館で、書店で、テレビやラジオで、これからもビートたけしと北野武の姿と作品は見続けることができそうです。

まとめとして

意外なことにマルチタレントと呼ばれることの少ない北野武。それはおそらく、彼が好きなことと必要なことに全力投入していること、また、趣味の楽しみを自分の楽しみとして大切にしまっているゆえに、そう見えるのではないでしょうか?

実際の北野武は、映画やドラマの中で異なる人間に「一見」いとも簡単に変身できるほどの才能を持っています。そんな彼のこと、やろうと思えば、そして見せようと思えば、きっと、もっと多くのタレント性を発揮することも可能なのかもしれません。

でも、彼は北野武であることをやめません。他の人を演じていても、小説を書いていても、写真を撮っていても、常に北野武という自己はそこにあって、彼が表現する芸(アート)と融合しているような気がします。

その芸風でも、若いころには実生活でも、とびぬけたヤンチャさが目立っていた北野武ですが、70歳を超えた今、やんちゃなおじいちゃんでこのまま突っ走るのか? それとも老成して落ち着いていくのか。

これからも、彼が作り出すだろう作品の数々から目を離せそうにありません。

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