写真家 須田 誠 の経歴・生き方 – 自由・旅・アート・音楽・愛のサイト♪

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写真はハートで撮るんだ! カメラでもなく、腕でもなく、被写体でもなく、一番に必要なのはハート。

そんなちょっぴり照れてしまうような言葉も、彼にかかると、そして彼の写真を見ると、「そっか」「なるほど」と納得してしまいます。

須田誠が撮るのはほとんどが人。彼自身が出会ってコミュニケーションを取り、「撮りたい」と感じた一瞬をファインダーで切り取っていきます。彼にとって「撮りたい」=「知りたい」なのだと伝わってきます。相手を知りたい、この写真を見た人の感想を知りたい、自分が今なにを感じて撮ろうとしているのかを知りたい。そんなたくさんの「知りたい」です。

ほんの一瞬のシャッターチャンスに、撮る須田誠と撮られる被写体、そして見る者の思いが恐縮されている、そんな写真を見てみたいと思いませんか?

須田 誠の作品集

まず須田 誠の作品を少しだけ紹介いたします。

※写真は公式サイトやファンサイトさんからお借りしています。引用元は各写真下部記載

https://travelfreak.jp/

須田 誠の経歴

1960年代生まれの東京出身。自営業の家庭で育ち、父親社長、自身は社長の息子という裕福な状態から、一気に貧乏暮らしへ転落というアップダウンを経験しました。

そんな生活や時代背景の中、反骨やアウトローといった精神を持ちつつ、そこまで深く没入することもなく、やりたいことはあっても、それだけに猪突猛進できるわけでもなく…という、ある意味ごく普通の青春時代を送っていたといっていいでしょう。

そんな須田誠が28歳まで10年間勤めていたのは音楽系出版社。自分で稼ぐことで、貧乏暮らしから抜け出して徐々に余裕が生まれてきた25歳頃、音楽に、そしてアメリカに興味をつのらせるようになり、有給休暇を貯めては日本を飛び出す生活を送っていました。

それでもサラリーマンが取得できる休暇には限りがあります。出版社は特に厳しく休みにくいとも聞きます。バブル前哨戦時代であり、どんどん働き休んでいる暇などないという背景もあったかもしれません。

須田誠がもっと自由になる時間を求めた結果、退職してニューヨークへと短期留学を決めたのには、そんなさまざまな要因があったのでしょう。

ところが、数カ月の予定で向かったニューヨークにはまりこみ、結局気づけば二年間を過ごしていたのです。この二年間の経験が、須田誠を大きく変えたと本人も語っています。この経験は、その後34歳から二年間を世界放浪へと旅立ったこと、そこで出会ったカメラにはまり込んでいくことにもつながっていきました。

このように、須田誠の離職の理由やニューヨーク滞在、世界放浪などの理由にカメラや写真は登場しません。カメラとの出会いは、世界放浪真っ最中のことで、一眼レフとの出会いから、旅をしながら撮影を独学で試行錯誤して学んできます。

帰国後、放浪中の写真がコンテストで受賞、写真展を開催し、おもに初心者向けのカメラ教室を主催する中、写真家としてデビューしたのは、46歳。なんとも遅咲きのカメラマンです。

須田 誠の活動内容

デビュー作は2007年のフォトブック「NO TRAVEL, NO LIFE」。30代半ばに世界放浪中に撮りためた写真を集めて出版されました。写真集分野としてはびっくりするほどのロングセラー&売り上げ数を記録し、さまざまなシーンで注目を浴び続けてきました。

2017年、10年間を経た須田誠が発表したのが、「GIFT from Cuba」。キューバを旅してキューバ人との出会いで生まれた写真84枚を収録した大型版で、キューバ人家族の12年間をすぐ近くで撮り続けた、キューバという激動の国を背景とする家族のポートレートです。

この10年の間も空白ではありません。雑誌「月間EXILE」の撮影、アメリカのスーパーパワースポットセドナで撮られた「Dance Earth」など、EXILEとの仕事があり、雑誌の表紙などへの写真提供などのほか、アーティストやブランドとのコラボでも多数、活動しています。

また、ライフワークとして写真教室を開催していて、これが大盛況。はじめはバーを借りてのワンドリンク制写真教室からスタートし、今では、毎週のように、あちこちでおもに初心者たちとさらに実践力を高めたい中級車たちのための教室を開催しています。

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須田誠とカメラの出会い

それはシンガポールでのことだったそうです。

ブラリと世界放浪の途中の経由地として訪れたシンガポールをブラリと歩いていたところ、ショーウィンドウの中に1台のカメラが並んでいたのです。初めて見る一眼レフカメラではあっても、その価格の安さは素人目にもわかるほどだったとか。

偶然、衝動的といってもいいほどのタイミングで手に入れてしまったカメラ。もちろん当時の須田誠には使い方が分かりません。でもそこは世界放浪中の強み。旅先で出会う人たちには、カメラマンもいれば、カメラマンそっちのけにメカに強い人も多いのです。彼らに細々と一から教えられては、その彼らの顔写真や出会った人たちを撮っていくのが、旅の一つのスタイルとなったのです。

おもしろいのは、購入したカメラには最初から接写用レンズがついていたこと。そのためかどうか、その頃もその後も、須田誠の写真は人の顔が多いのが特徴です。そして、1カットにつき1シャッター。今となってはすっかりデジタルな世の中で、珍しい撮り方といえるでしょう。

1カットシャッターの理由として、最初はただ、撮り方がよく分からなかったからだといいますが、その後も撮りたいシーン、撮りたい瞬間は1チャンス限りというスタイルを貫いています。

須田誠がカメラマン・写真家としてデビューするまで

カメラとの出会い、人との出会いが、たくさんの写真を残しました。2年を経て日本へ帰国した時、それらの写真を人に見せて褒められることに気をよくし、コンテストに応募したら入選。それをきかっけに、各地で写真展が開催されるようになり、「NO TRAVEL, NO LIFE」の出版へとつながっていきました。本人としては、気づいたら写真家になっていたというのが本音のようす。

30代半ばまで、ほとんどカメラに触れたことがなく、周囲に関係者もいませんでした。偶然の出会いと独学、そして撮った写真を「いいね」と言ってくれる人たちの言葉を頼りに、カメラをかまえ、写真を撮り続けているうちに、認められた、そんな印象です。

本人の努力や周囲の協力などがないわけではありません。ただ、ご本人が口にしているように、カメラマンになりたいなら、カメラを構えて写真を撮ればいい、そんなシンプルな姿勢と、カメラが好き、人と出会うのが好き、コミュニケーションを取る(撮る)のがすき、写真を撮るのが好き、そんな好きの塊りを突き詰めていった結果が、カメラマン・写真家を作り出したのではないでしょうか。

NO TRAVEL, NO LIFE

写真集というと、大判のものを想像しませんか? でもこれは、フォトブック。一般的な単行本とほぼ同じ大きさと厚みです。もちろん、メインとなるのは写真ですが、そこにはそのシーンを須田誠が切り撮った「ハート」がエッセイとなって残されています。

旅に出たい、できれば長期間、できれば知らない国々へ。そんな思いを胸に抱いている人は決して少なくないでしょう。でも、ほとんどの人にとってそれは、憧れや夢。実現する機会や勇気にはなかなか恵まれず、憧れは薄れ、夢はしぼんでいってしまいます。

須田誠自身も、彼の生い立ちやサラリーマン時代を考えると、長期間の放浪の旅への憧れはあっても、そこへ飛び込む勇気はなかったそうです。その時の彼にとっての精一杯は、退職したものの、再就職のアテをしっかりと準備した上での3か月の短期留学計画だったのです。

それが、気づいた時には2年におよびニューヨーク生活になっていて、帰国してもなお、バブル期という後押しはあったにせよ、再びさらに自由な世界放浪へと出ていくという選択をします。

世の中には、「できない」理由はいくらでも転がっていますが、「できる」理由を見つけだして納得して行動することができるのは自分だけです。この「NO TRAVEL, NO LIFE」は、勇気の足りない人たちの背中をそっと押してくれる、そして、自由な旅にでたいと思う心を存分に刺激してくれる存在です。

カメラは運命・写真はコミュニケーション

須田誠にとって、カメラとの出会いは運命だったし、その後は天職ともいえるパートナー的存在になりました。あの時、シンガポールに立ち寄らなければ、あの通りを歩かなければ、カメラに気づかなければ、買ってみようかなと思わなければ、今の須田誠はないでしょう。

そして、カメラと須田誠の組み合わせから生まれるのが写真です。多くの場合、人を被写体とする須田誠によると、これまでに何万人という人のポートレートを撮影してきたそうです。でも、須田誠にとってそれは撮影ではなく出会い。

須田誠は、写真に収めたすべての人との出会いや語り合いを記憶しているといいます。言葉が通じない人も、写真を撮るまでに時間がかかった人もいます。それでも、その出会いは確実に写真という形で残り、私たち見る者にもその出会いの貴重さや嬉しさ、そして、時には切なさを分けてくれます。

写真は一瞬を写し撮ることしかできませんが、写し撮られた被写体と須田誠とのコミュニケーションの結実なのだと思えば、写真たちが、須田誠が書き添えたエッセイの言葉以上に語り掛けてくるような気がするのも、当たり前かもしれません。

まとめとして

世の中は高齢者が増えていても、いくら高齢者の活躍の場が増えているとしても、実際に何かにデビューする年齢は低年齢化が進んでいます。「二十歳過ぎればただの人」ではありませんが、ある程度年齢が進むと、希望はしぼみ、夢は諦めてしまうことが多いものです。そして、誰にでも開かれているはずの門が閉まってみえたり、狭くみえたりもします。

そんな中、46歳でデビューという言葉は、大きな励みになりそうです。

写真家・須田誠は、いくつもの岐路で、大多数とは違う選択をして、退職・世界放浪・カメラの独学などを通りすぎてきました。そして、そのすべての瞬間を楽しんでいたことは、彼の写真から伝わってきます。

写真について、彼自身について語る須田誠自身からは、「同じ」でなくていい、「自由」を選び、「自由」に選んでいい、そんなやさしい励ましが感じられます。

行き(生き)詰っている人、ちょっとの勇気と後押しが欲しい人は、彼の写真を見て彼の言葉を読んでみるといいでしょう。結果を思い悩む前に、もっと楽しいことがある、素敵な出会いもある、そんな上向きの気持ちになれるかもしれません。

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