スペイン植民地時代のコロニアルとキリスト文化が色濃く残る歴史都市~プエブラ/メキシコ・プエブラ州
メキシコでも歴史的な価値がもっとも高い都市の一つといわれる「プエブラ」は、メキシコシティから車で2時間ほどの距離にある観光地だ。
植民地時代の華やかさを今も残す街並みは、世界遺産にも登録されている。街を歩くと、まるで17世紀にタイムスリップしたような、映画のロケ地に迷い込んだような気分にさせられる。
造られた街プエブラ
メキシコの多くの都市や街は、元からあった先住民の村や街を破壊してその上にスペイン風の都市を築いている例が多いが、プエブラは、ほとんど無の状態からスペイン人入植者が作りだした街だという。
街は計画的に設計されているため、路は縦横キレイに碁盤の目を作っている。迷子になることのない、分かりやすい街でもある。
街には植民地時代の色を濃く残すコロニアル風をはじめとした、中世ヨーロッパ的な街並みが残っている。まるで映画のセットに入り込んだような通りもある。
天使の街プエブラ
プエブラが「天使の街」と呼ばれるのには、いくつかの伝説が元になっているらしい。その中でも有力なのが、鐘楼の鐘にまつわる言い伝えだ。
教会の鐘楼に吊るすために作ったものの大きすぎて鐘を吊るす方法が見つからず、そのまま鐘は地面に置かれていた。
それがある朝、プエブラの住民たちは鐘が鳴り響く音で目覚めた。夜の間に天使が鐘楼まで鐘を持ち上げたのだという。
この言い伝えのせいかどうか、街にもカテドラルにも、天使の像や絵が非常に多い。
天使のカテドラル
70m近い高さを誇る二つの鐘楼を持つのが、街の中心的建造物の一つであるカテドラル。天使の街の由来を持つカテドラルで、16世紀から17世紀にかけて建築されたものだ。
外側は地味な石煉瓦造りだが、内部はまばゆいばかりの白と金。当時のキリスト教勢力の強大さを思い知らされる。
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サントドミンゴ教会のロサリオ礼拝堂
教会の外装はえんじ色の壁と石煉瓦の組み合わせのシンプルなものだが、やはり贅沢を極めた教会であるのは、一歩中に入ればすぐにわかる。
16世紀から17世紀に75年以上かけて建造された教会で、白に金箔をあしらった内装は豪華絢爛。
内部にあるロサリオ礼拝堂が有名で、メキシコ・バロック様式の最高傑作といわれるだけあるきらびやかさを持っている。
教会にも礼拝堂にも像が多いのが特徴的。幼子を抱いた聖母像は微笑ましいが、傷ついたキリスト像などは目を背けたくなるような写実感がある。
市庁舎と陶器通り
コロニアル様式の重厚かつ華麗な姿を持つ市庁舎は、プエブラの中心地であるソカロ広場に面している。
ソカロ通りを挟んだ向かい側には陶器商店がずらりと並んでいる。店ごとに取引先の工房が異なるのか、絵柄や色合いが異なっていておもしろい。
タラベラ焼きのプエブラ
陶器づくりに適した土が取れ、陶器づくりも行っていた歴史を持つところへ、スペインの陶器職人が移り住み、さらに質の良い陶器が作られるようになったという。
多くの製造業者があるが、本物のタラベラ焼きを作れるのは認定業者だけ。購入する時には、そのあたりも要チェックだろう。
白地に青が主だが、黄・赤・緑の華やかな絵付けをした陶器も多く出回っている。形は、カップ、皿、壺、そしてタイルなどさまざま。大きさもいろいろだ。
当然値段もいろいろ。ある程度の目利きでなければ、高級品を買うのは一種の賭けとなる。お土産ものの程度であれば、ほかの土産物同様店主との駆け引きでかなり値引きが可能。
現在、タラベラ焼きはプエブラを代表する産業。しかし、メキシコがスペインに征服された結果として発展したところが皮肉ともいえそうだ。
エルパリアン市場
プエブラ土産を買うなら、時間が余ったなら、食べ物や飲み物が欲しくなったなら、迷わず向かうのがエルパリアン市場。
道沿いの商店だけでなく露天的な店もたくさん出ていて、見ているだけでも楽しい。また購入には値引きのためのやりとりが必須。
市場内には観光用の工場があり、ロクロを足で回しながら手作業で陶器を作り、棚で乾燥させ、焼いて、絵付けをするという一連の作業を観察できる。
砂糖菓子の家
18世紀に建てられた、この地の副王の迎賓館が残っている。通りの角地に立つその建物は、白い壁に赤いタイルがはめ込まれていて、甘い砂糖菓子のように見えるとして「砂糖菓子の家」と呼ばれるようになった。
革命博物館
1910年のメキシコ革命を記念する博物館。
革命家が警官隊に射殺された家を使っていて、その壁には銃弾の跡がいくつも残されたままで、当時の激しい銃撃戦の様子がうかがえる。
旧サンタロサ修道院
17世紀に建てられた修道女たちのための施設だが、19世紀には教会そのものが国有化されて、修道院は兵舎・病院・住宅へと姿を変えてきた。
現在は、旧サンタロサ修道院となり、民芸芸術博物館としてオープンしている。
旧修道院内は見学可能で、人気はキッチンスペース。床から天井まで、そして調理用のストーブも調理台も全てがタイル張りのキッチンは植民地時代のもので、明るくかわいらしい女性らしさが目立つ。
プエブラ名物料理「モーレ」はここで発明されたのかもしれない。
民芸芸術博物館
プエブラを代表する民芸・工芸品の数々や芸術的な作品が展示されている。
また、旧修道院所有の家具や陶器などの生活具の展示も当時の修道女たちの生活の様子を知る助けとなる。
プエブラ料理
街で安心して頼めるコース料理として「コミーダコリーダ」がある。メキシコで日常的に食べられている、スープと軽いメインと飲み物のセット。日本でいう定食セットといったところだ。
普通のメキシコ料理ももちろん食べられるが、プエブラ料理があるなら試してみたいと思うのが旅の人情。
プエブラ料理は先住民から伝わる料理と征服者であるスペイン料理とが混ざってできあがったものらしい。
名物料理「モーレ」に挑戦
もともとは先住民レシピによるものだが、そこへヨーロッパの材料がプラスされ、複雑な味を創り出している。
鶏肉料理の一種だが、モーレソースのメインはチョコレート。トウガラシをはじめとしたスパイスが複雑に絡まり合った、甘いのか辛いのか苦いのかしょっぱいのか? よくわからない味が特徴。
店によってかなり味が異なるので、美味しいモーレに出会えるかどうかは運次第。あちこちの店を食べ比べてハシゴするには、ちょっとお腹にも舌にも重たいのが難だ。
チレス・エン・ノガタにも挑戦
大きなグリーンチリのようなピーマンに、鶏肉、バナナ、ナッツなどの煮込みを詰めて揚げたもの。さらに上からクルミの白いソースがかかり、真っ赤なザクロの実が飾られている。
スイーツとして分類されるものなのか、それともおかずなのか? こちらも甘さと辛さと酸っぱさとが、絶妙とはいえない感覚でミックスされていて、自分の味覚も信じられなくなりそうだ。
カモテはイモ羊羹?
プエブラの街角でも良く売られているお菓子がカモテ。原料はサツマイモ。
カモテはサツマイモの味に頼らず、柑橘系のフレーバーをたっぷりとしみこませた後、周りをしっかりとシュガーコーティングしている。
甘い。だがその甘さはサツマイモなのか砂糖なのかよくわからない。ただし、甘さ以外の味が混じっていない分、安心して食べられるし、お腹にもたまるおやつとして人気。
最後に
プエブラはメキシコシティ周辺に住む人々にとって、週末にブラリと出かけるショッピングと街歩きとご当地グルメが楽しめる街。
メキシコシティからのアクセスがいい世界遺産として、訪れる旅人も増えている。プエブラ市街地の歴史地区だけでなく、郊外には多くの史跡が残されていて、まだまだ知られざる魅力を発掘できそうな予感のする街だ。
そこを訪れた人しか感じることのできない感動を、写真、動画、そして言葉で表現してみませんか? あなたの旅の話を聞かせてください。