水の都ヴェネツィアに行ってみた感想と写真

すべてが文化遺産 水の都ヴェネツィア

ヴェネツィアとその潟(Venice and its Lagoon)は、現在のイタリア北東部にあるユネスコ世界遺産です。1987年に文化遺産として登録されています。

ヴェネツィアといえば、「水の都」として知られ、中心街の建築物の美しさが魅力的な街です。映画などでもたびたびモチーフとされるほど人気の高い観光スポットですが、ユネスコでは郊外にあるムラーノ島やブラーノ島などもまとめて世界遺産としました。
また、街並みだけでなく、縦横無尽に走る運河そのものにも文化的価値が高いため、登録物件名としては「~とその潟」までが含まれています。

ここには、「ヴェネツィア」という言葉の指す範囲が定義によってまちまちだという事情も関係しています。ヴェネツィア本島だけのことを指す場合もあれば、周辺の島々を含めることもありますし、最も広義には自治体としてのヴェネツィア市のことを指す場合もあります。
ヴェネツィア本島の面積が5.2平方キロメートル程度にすぎないのに対して、ヴェネツィア市の面積はイタリア本土も含んで412.5平方キロメートルもありますので、意味合いが大きく変わってきてしまうのです。

世界遺産としてのヴェネツィアは、「ヴェネタ潟にあるヴェネツィア本島および周辺の島々」といった捉えかたをしておくとよいでしょう。

ちなみに、ユネスコの文化遺産として認められるためには6つの基準が設けられていますが、これを6つともすべて満たして登録されているのは、中国にある莫高窟とこのヴェネツィアだけです。

ヴェネツィアの由来と歴史

ヴェネツィアという名称は、もともとはラテン語で「ウェネティ人の」という意味でした。かつてはアドリア海周辺の土地にウェネティ人が住んでいたため、この名前がつけられました。

その後、5世紀に北イタリアの住民がこの地にやってきたことで、現在に繋がるヴェネツィアの歴史がはじまります。足場の悪い湿地帯であったこの土地は、けっして住みやすい場所ではありませんでしたが、彼らにとってはかえって好都合でした。というのも、彼らがヴェネツィアに移住してきたのは、ゲルマン人のイタリア侵攻から逃れるためだったからです。足場の悪さが防御壁となっていたわけですね。

そのため、ヴェネツィア人はあえて干潟を干拓することなく、街を発展させていくことになります。

ヴェネツィア共和国が誕生したのは7世紀末のことです。以降、ヴェネツィアはヨーロッパ各国との貿易を重視し、水の都として発展してきました。
15世紀には軍事力も強力で、海軍は世界一との呼び声もありました。

しかしその後100年ほどのあいだに、大砲が登場したことで干潟のメリットが失われたことや、オスマン帝国が海の覇権を伸ばしたこと、インド航路の発見によってアジアとの貿易が盛んになったことなどが重なり、ヴェネツィア共和国は国としての強みをことごとく失ってしまいました。
18世紀末、ついにナポレオン・ボナパルト率いるフランスの侵略を許し、共和国は崩壊します。現在のようにイタリアの一部となったのは、19世紀のことでした。

それでも美しい街並みが壊されることはありませんでした。侵略をしても歴史と景観を尊重しようとするのは、ヨーロッパ人らしいといえるかもしれません。

ヴェネツィアのおもなみどころ

ヴェネツィアは、100以上の島々から成る都市です。それらが400の橋と150の運河で結ばれることで、ほかに類を見ない「水の都」が形成されました。
いわば、街の存在そのものが文化遺産となっているわけです。

ですから、ヴェネツィアのみどころは数えきれないほどあります。

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※投稿記事とは無関係です。

【サン・マルコ広場】

サン・マルコ広場(Piazza San Marco)は、ヴェネツィアの玄関口であるとともに、街の中心でもある広場です。観光地として名高い歴史的建築物の多くがこの広場に面して建てられています。
より広く見えるように計算され尽くした形状は、かのナポレオン・ボナパルトをして「世界で最も美しい広場」だと言わしめたことでも有名です。

【サン・マルコ大聖堂】

サン・マルコ大聖堂(Basilica di San Marco)は、サン・マルコ広場に面して建てられた聖堂で、ビザンティン建築を代表する建築物として知られています。建築に着手したのは9世紀でしたが、11世紀以降から約400年の歳月をかけて改築が施されて現在の形となりました。
黄金の壁、数千個の宝石が埋め込まれた衝立、ロマネスク様式も混合した聖堂のモザイクなど、豪華絢爛な内装は一見の価値ありです。

【ドゥカーレ宮殿】

ドゥカーレ宮殿(Palazzo Ducale)は、ヴェネツィア共和国時代の総督邸だった建物です。こちらもサン・マルコ広場に面しており、広場の美しさをよりいっそう演出してくれています。
ゴシック建築の外観はもちろんのこと、内部に飾られた歴代提督の肖像画や絵画などもみどころです。
また、運河を挟んで対岸にある牢獄とを結ぶ橋もあり、こちらは「ため息橋」(Ponte dei Sospiri)として有名です。

【カナル・グランデ】

カナル・グランデ(Canal Grande)とは大運河という意味です。S字を描いてヴェネツィアの街を二分している巨大な運河が、このカナル・グランデです。
水の都の中心的な運河だったという点もさることながら、運河の両岸を彩る建築物のバラエティでも、非常に見応えのある風景だといえるでしょう。建築様式はロマネスク、ゴシック、ルネッサンス、バロックと多岐にわたり、街が生き物なのだということを感じさせてくれます。

【リアルト橋】

「白い巨象」の異名をもつリアルト橋(Ponte di Rialto)は、カナル・グランデにかかる橋です。ヴェネツィアは地形的に水害に悩まされやすい土地ですが、リアルト橋周辺は比較的海抜が高かったため、最も初期から街の中心として栄えてきました。
「へ」の字型をしているのが特徴の石造りの橋です。

【ムラーノ島】

ムラーノ島(Murano)はヴェネツィア本島の北東にある島です。この島はなんといっても、ヴェネツィアン・グラスの生産で有名です。土地柄、資源産出のないヴェネツィア共和国ではグラスは重要な産業でしたから、技法を他国に漏らすのがタブーでした。そこでグラス職人たちはムラーノ島に住まわされ、技術を保護してきたのです。
ほか、サンティ・マリア・エ・ドナート教会やサン・ピエトロ・マルティーレ教会など、美術的価値の高い建築物もあります。

【ブラーノ島】

ブラーノ島(Burano)はヴェネツィア本島の北東にある島で、レース織で有名です。また、この島内の家々は非常にカラフルに塗られており、その光景も一見の価値があるでしょう。

ヴェネツィアへのアクセスと交通

空路では、イタリア本土にあるヴェネツィア・テッセラ空港(Venezia Tessera Airport、別名:マルコ・ポーロ国際空港)が最寄りとなります。

そこから水上バスを利用してヴェネツィアに入るというルートが、最もヴェネツィアらしさを感じられる優雅なものとなるでしょう。陸上のバスもありますが、せっかくヴェネツィアにきたからには水上バスを堪能したいものです。

陸路では、ヨーロッパらしく鉄道が充実しています。
ヴェネツィアの玄関口であるサンタ・ルチア駅までは、ローマから4時間半、ミラノからであれば2時間40分で到着します。

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