SMILY-Didgeridoo の活動・生き方 – シドニーでNO1ディジュリドゥ奏者と呼ばれる男

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オーストラリアの先住民族アボリジニの聖なる楽器ディジュリドゥ。日本でも多くはないものの、ディジュリドゥ奏者たちが活躍しています。

ご紹介するのは、このディジュリドゥの奏者であり、製作者でもあるSMILY-Didgeridoo。オーストラリアの民族楽器であり、民族的音楽観を持つディジュリドゥを、独自のスタイルにアレンジして表現しています。

近年では、そのアレンジの幅を大きく広げ、とてつもなくナナメな方向に向かって進んでいるSMILY-Didgeridoo、面白くも素敵な新しいディジュリドゥ楽器を創り出す活動もしているSMILY-Didgeridooをご紹介します。

SMILY-Didgeridooの作品集

まずSMILY-Didgeridooの作品を少しだけ紹介いたします。

※写真は公式サイトやファンサイトさんからお借りしています。引用元は各写真下部記載

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SMILY-Didgeridooの経歴

1983年生まれ、神奈川県出身。ディジュリドゥとの出会いは、ワーキングホリデービザで渡ったオーストラリアの地でのことでした。渡航の目的は「モテたい!」。当時日本でバンドを組んでいたこともあり、海外でバンドを組めば、ステイタスが上がってモテるのでは」という期待を持ち、ギターを抱えて海を渡ったそうです。

そこで偶然かはたまた必然か、出会ったのが女の子ではなくディジュリドゥ。紆余曲折はあったものの、気づいた時には1年近くが経ち、滞在先のシドニーでは「一番上手いディジュリドゥ奏者」と呼ばれるほどにまで上達していました。

その後、日本に帰国しますが、日本ではディジュリドゥ奏者として生計が成り立たず、バイト生活でなんとか食つなぐ日々が続きます。そんな中でも、SMILY-Didgeridooは、ディジュリドゥの可能性を探り続け、最初に行きついたのがヒューマンビートボックスとディジュリドゥの融合だったのです。

また同時に、オーストラリア滞在中に培ったディジュリドゥに関する専門知識を結集し、ディジュリドゥの制作を開始。日本のディジュリドゥ奏者のほとんどがSMILY-Didgeridoo作の楽器を持つのではないかといわれるほどの数を制作・販売するようになりました。

そして、まだSMILY-Didgeridooのディジュリドゥ模索が続きます。次に彼の転機となったのは、静岡県
沼津市戸田への移住とそこでのタカアシガニとの出会い。SMILY-Didgeridooは、世界で誰も考えることのなかった、タカアシガニ+ディジュリドゥの制作に取り掛かったのです。

SMILY-Didgeridooとディジュリドゥの運命的出会い

モテ度アップを目指して渡航したオーストラリアである意味ディジュリドゥとの運命的な出会いをしたSMILY-Didgeridoo。そのきっかけとなったのは、到着空港でギターが見事に半分のポキンと折れてしまっていたことにありました。「モテ」のために勢いで渡航したSMILY-Didgeridooは、新しいギターを購入する財源もなければ、補償を求めたり誰かに助けを求めたりといった英会話能力も不足していたため、到着早々の対応不可状況に絶望したそうです。

絶望のあまり、お土産店を呆然とうろついていたところ、目に付いたディジュリドゥを、「モテには音楽が必須!」という思い込みから購入してしまいます。もちろん、一番安いやつですね。ただし、購入したところで、吹き方も演奏の仕方もわからず、その後は、わずかに持ち込んだ持参金でなんとか2か月ほどシェアハウスで暮らしました。

ワーキングホリデービザがあるから働けばいいじゃないかと誰もが考えるでしょうが、英語力がなければ仕事にはそう簡単にありつけません。その時のSMILY-Didgeridooには、経済力も英語力もありませんでしたが、ディジュリドゥはありました。そして、仕事がなくて時間があったため、自己流ながらもディジュリドゥは毎日吹いていました。

「音が出るから、これで稼げるかも」と考えたSMILY-Didgeridooはまぎれもなく大物です。早速、投げ銭を期待して路上演奏を始めますが、初日から大きく躓きます。現地のアボリジニたちに「下手くそ!」「そんな音で稼ぐつもりか!」と凄い剣幕で怒られまくったのです。アボリジニにとって、ディジュリドゥは神聖な楽器だからこその怒りです。

それでも、ほかにできることのないSMILY-Didgeridooは連日路上で下手くそなりのディジュリドゥ演奏を続けます。でも、集まるのは同情で投げられるわずかなお金と怒りの言葉ばかり。生活はかなり厳しいものだったようです。

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SMILY-Didgeridooの運が拓けた瞬間

毎日みすぼらしい姿で、下手くそなディジュリドゥを自己流で吹き続けたSMILY-Didgeridooのもとに、運命の出会いが再びやってきます。

それが、シドニーで一番人気のディジュリドゥショップのオーナーとの出会いです。「ウチの店で働かないか」とのありがたいお誘いは、その理由が「下手だけどガッツがあるから」だったそうです。

日本人客が徐々に増えてきていたシドニーで、ディジュリドゥの土産物としての販売に目をつけていたオーナーにより、店先でディジュリドゥを演奏し、商品説明をするのが主たる仕事内容で、SMILY-Didgeridooは給料をもらいながら、日々ディジュリドゥ修行をすることになりました。

ビザの都合もあり、勤めていたのは8カ月ほど。その間、8時間は勤務として、その後3時間は路上演奏として、多い日には10時間以上をディジュリドゥ演奏に費やしたとのこと。当然、その上達ぶりは著しかったそうです。上達度合いは、路上演奏で稼げる金額が上がることで、如実に実感できました。ちなみに、勤務前の路上演奏初期は、1日演奏しても50ドル以下。それが3時間で120ドル以上稼げるようになったというから、その変貌ぶりが想像できますね。

アーティスト「SMILY-Didgeridoo」の活動内容

日本に帰国したSMILY-Didgeridooは、オーストラリア滞在中同様に、路上演奏で収入を得ようとしますが、日本では路上演奏や大道芸人たちに投げ銭をする習慣がいつからか途絶えてしまっていました。とても生活費を稼ぐことはできません。

それでもディジュリドゥから離れることはできなかったSMILY-Didgeridoo。他のバイトで食いつなぎつつ、路上演奏ではなく、仕事として依頼されるレベルの演奏者になるべく、工夫と努力を続けます。

ディジュリドゥは音程幅が狭い楽器であり、伝統的なアボリジニスタイルの演奏だと、ほかの楽器とのセッションがしにくいという特徴がありました。そこで一工夫。ヒューマンビートボックスをディジュリドゥ演奏に加えることで、音程幅を広げ、複雑なリズムも作ることができるようになり、ほかの楽器とのセッションが可能になったのです。

これが大きく影響して活動の場が広がり、ディジュリドゥ奏者としてのSMILY-Didgeridooの名が徐々に知られるようになります。演奏を路上で切り売りするのではなく、仕事として依頼を受けて演奏するスタイルへと移行していけたのです。

SMILY-Didgeridooがディジュリドゥにかけるもう一つの情熱の形

SMILY-Didgeridooは、ディジュリドゥの演奏スタイルを模索する一方で、もっといい演奏のためのディジュリドゥ作りにも取り掛かります。ディジュリドゥ聖地であるオーストラリアでなら、ディジュリドゥの品数も多く、品質の良いものも手に入ります。でも、オーストラリアまで足を伸ばす余裕はないし、日本にはごく限られたディジュリドゥしかありません。「じゃ、自分で作るか」となったのです。

もとから、器用な面があったのでしょう。自分が使うものとはいえ、そしてシンプルな構造の楽器とはいえ、自分で作るにはかなりの高さのハードルが待ち受けています。たとえば、本来はユーカリの木を使うディジュリドゥですが、日本ではまず手に入りません。まずは材質の試行錯誤が始まりました。その結果、材質によって音も響きも異なる新しいディジュリドゥが生まれたのです。

自社工房「SMILY-Didgeridoo Gallery」では、年間50本以上のディジュリドゥが制作されています。ちなみに価格は1本5万円からとお手頃です。

巨大ディジュリドゥとの出会い

SMILY-Didgeridooとディジュリドゥとの出会いは続きます。

ディジュリドゥ海外遠征先のチェコでは、巨大なデディジュリドゥと出会います。一般的なディジュリドゥは、長さが1mから1.5m程度、太さは8cmから15センチ程度です。ところが、チェコで出会ったディジュリドゥはなんと楽々2m超、口径は30cm以上にもなるといいます。

一般的な説としては、ディジュリドゥを大きくすると、音を出しにくくなり、音域も狭まるとされてきました。ところが、チェコの巨大ディジュリドゥはそんな問題がクリアされていたのです。

このチェコの巨大ディジュリドゥとの出会いで、SMILY-Didgeridooのディジュリドゥ制作技術がさらに磨かれました。帰国後、巨大なのに吹きやすいディジュリドゥを自己制作し始めます。

とにかくデッカい! アルプスの山でかわいい衣装をきたおじさまたちが吹くアルプホルンよりもさらに大きいのです。その全長はおおよそ2.5m、口径は40センチを超え、口径は人の体を飲み込めそうな迫力です。

大きいのにバランス抜群の巨大手作りディジュリドゥですが、オリンピック選手や素潜り海女さん並みの肺活量を要することなく、普通のディジュリドゥと同じように演奏ができるそうです。現在は、注文も受け付けていますが、自宅のサイズと相談しないと、出入りができなくなる恐れがありますね。

静岡県への転居と再び訪れた運命的出会い

神奈川県茅ケ崎市出身のSMILY-Didgeridooですが、ディジュリドゥ奏者としても製作者としても落ち着いたステイタスを得た段階で、これからの生活の場について落ち着いて考えたそうです。その時友人が勧めてくれたのが、静岡県沼津市戸田だったのです。

3か月の予定で訪れた戸田ですが、その滞在中に町興し団体である「地域おこし協力隊」の一員になり、戸田のPR活動に参加することになりました。

一見ディジュリドゥから離れた活動に思える協力隊活動ですが、そこで出会ったタカアシガニによって、再びディジュリドゥとの新しい関係が生まれます。

戸田は、駿河湾の深海部から陸揚げされるタカアシガニで有名な地です。地域PRのために訪れたタカアシガニの専門店で、その太く長い足を見た途端「これ、ディジュリドゥになる!」とひらめいてしまったのです。

戸田の特産品とSMILY-Didgeridooのディジュリドゥとのコラボがスタートする、この出会いで生まれたのが、タカアシガニリドゥという新しい楽器でした。

タカアシガニリドゥ奏者としてのSMILY-Didgeridoo

タカアシガニは、大きなものだと2mから3mにもなるそうです。水族館でも見かける珍しいカニのイメージですが、戸田では多くの専門店が食用として調理しています。

はたまた偶然か必然か、出会ってしまったタカアシガニとSMILY-Didgeridoo。戸田住民からタカアシガニの提供を受け、さっそく第一作目のタカアシガニリドゥが完成します。最初の姿は、伸ばした足がディジュリドゥ部分になり、その吹き出し口にカニの甲羅をはめることで、音をさらに響かせるというもの。長く微妙に曲がった足は、確かに見ようによっては木製のディジュリドゥと似ていますが、その先端に「カァッ!」と口を開けたカニが鎮座し、そこから音が漏れてくる様は、正直異様です。

見栄えはともかく、楽器としては、本来のディジュリドゥの音にタカアシガニの脚の殻や甲羅が反響して、なかなかおもしろい音が出ています。

今では、戸田のタカアシガニ親善大使のような存在となったSMILY-Didgeridoo。「タカアシガニリドゥ北川」という異名でも、活躍するようになりました。

まとめとして

ディジュリドゥを演奏し、自社工場おいてカラフルで扱いやすいのに高品質な国産ディジュリドゥを作成するSMILY-Didgeridoo。多くのアーティストたちとのセッションやイベントでの演奏、ディジュリドゥ教室で活動するSMILY-Didgeridoo。

演奏家であり制作者であり、表現者でもあるSMILY-Didgeridooは、ディジュリドゥ1本抱えて、日本も海外も駆け抜けていきます。

それと同時に、日本の決して都市部とは呼べない場所で英会話教室を開き、町興しに一役買うという素の北川和樹が存在し、タカアシガニリドゥを作って演奏し、テレビで戸田とタカアシガニとタカアシガニリドゥを紹介する「タカアシガニリドゥ北川」も大活躍です。

演奏をより楽しむために自分で楽器を作り、その楽器を演奏する時には、その楽器の背景を想像するというSMILY-Didgeridoo。タカアシガニリドゥの場合、タカアシガニの背景を理解するのが難しかったそうですが、最後に行きついたのが「怒り」。静かに暮らす深海から引き揚げられて食べられる運命なのだから、怒っているはずだと。

背骨にしびれるような低いのにムズムズするようなあの音は、それだけで十分な聞きごたえがありますが、タカアシガニの怒りが乗り移ったものだと思って聞くと、また一味違って聞こえてきそうです。

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