世界と日本の水事情~21世紀、新しい水不足の時代へ

世界と日本の水事情~21世紀、新しい水不足の時代へ

波が立ち船が航行できる大きな湖、美しい木々の姿が映り込む沼、強く長く流れる川、湧き出す清らかな泉。日本は多くの水に囲まれた国です。

そんな水豊かな国がもたらす、蛇口をひねれば出てくる水、その水を飲むことさえできる幸運。それを享受できることは「特別」だと知っていますか? 私たちにとって当たり前の水が存在しない世界があることを知っていますか?

水は当たり前にあるもの?

歴史を振り返ってみましょう。人が生活する場として定める場所にはかならず「水」がありました。文明が栄える場所もまた、大きな水の流れのある場所でした。私たちの生活には水が必要不可欠なのです。

ただし、これらの水は常に当たり前にそこにあったわけではありません。水のある土地を求めて移動し、時には水を争って戦い、また時には水を有効活用するために大がかりな土木工事も行われてきました。

地球の大半は海、そして島国である日本も海にかこまれています。しかし残念なことに、海の水は必ずしも「水」として考えることはできません。なぜなら、ご存知のように塩水は飲料としても農業用にも、工業用にも使える場がほとんどないからです。

現代は、塩水を真水に変換させる装置も生み出されていますが、非常にコストがかかるものであり、一般的ではありません。すなわち、水は海以外の場所から手に入れる必要があります。

水にあふれる日本

私たちが暮らす日本は、「偶然」水に恵まれた場所の多い土地柄だっただけです。一部には水不足に悩む土地もあり、干ばつに悩まされる年もあり、また水の利権が争いも源になったこともありました。それでも、世界的に見れば豊富な水に恵まれた土地であり、それをいかすことで、食料栽培も物資と人の移動も、工業も発展してきました。

日本の場合は雪や雨をもたらす土地柄から、湖・沼・池・川・湧き水などが各地にあります。これがどれほどありがたいことか。日本はどれほど辺鄙な場所へいっても、人の暮らしが成り立つといいますが、これは辺鄙な場所であっても公共水道という文明の利器に頼ることなく「水」を手にすることができるからです。

もし日本に水がなかったら

もし日本に水がなかったら、弥生人は米を作ることができず、定住もできずにどこか違う場所へと移動していってしまったかもしれません。弥生人の発展がなければ、邪馬台国の成立も大和朝廷の発展もなく、日本に文明が誕生し育つ環境は整わなかった可能性もあります。

貴族や武士の時代になっても、社会の要は農業であり、貴族や武士たちの資産や収入は田の数や米の石高で決まっていました。さらに時代が進み異常なスピードで近代化・経済的発展を遂げた日本を支えるには、精密機械製作の必須条件であるキレイな水の存在が欠かせませんでした。

もし日本に水がなかったら、今の日本、日本人は存在していなかったかもしれません。

世界の水事情

世界にも、日本のように水に恵まれた地域があります。でも、水に恵まれない地域はそれ以上にあります。

海は問題外として湖や沼、池、川が存在しない場所では、たとえ雨が降ったとしてもその雨は地表をひと湿りさせて覆うだけで去ってしまいます。水を蓄えておくことができないのです。砂漠などの乾燥地帯や緑に恵まれない高山地域などがこれにあたります。

それらの地域の自然環境の中で、水はほとんど存在しないか、突発的に手に入れたと思えば、すぐに失ってしまうものです。そのため、日常生活をおくるためには水を蓄えておく必要があり、水は非常に貴重なものです。

国に経済的基盤と技術があれば、離れた場所から水道をひくこともできますが、それが可能な場所も限られます。深い井戸を掘ることで水が出ることもありますが、必ずしも水が出るとは限らず、水が出たとしても飲料可能な水とは限らないのが現実です。

やっと井戸から水が出るようになったとしても、一つの井戸で賄うことのできる地域範囲は広大であり、毎日の水をくむために数時間をかける光景は、今も続いています。

このように、世界における水事情は決して安穏としたものばかりではない状態でしたが、20世紀後半、井戸掘りボランティア、経済援助や設備投資によって、徐々に水不足が解消する方向に向かっていました。

21世紀、新しい水不足の時代へ

人口の増加、気候変動などの影響を受け、世界は再び大規模な水不足に襲われる危険に直面しています。

20世紀にコツコツと整備された水供給システム、それを含めた地球の水供給量の半量近くが「盗難」にあっているというのです。

科学ジャーナル「ネイチャー・サステイナビリティー」に掲載された論文によると、この水泥棒の大半は農業用水としての利用だといいます。

人口増加によって必要な食料が増え、そのための農業が活発に行われます。しかし、これまでと同じ量の水では十分な作物を育てることができません。農業には水が大量に必要なのです。

本来ならば飲料用となる水を農業用に用いてしまったり、工業用の水を使ってしまったり、または環境ガイドラインに違反する取水を行ったりと、水泥棒はさまざまな形で起きています。

水泥棒はどこで誰が起こしているのか?

水泥棒が起こるのは、水の重要性が認知されていない地域に多いと指摘されています。水の使用が規制されていることを知り、その理由と必要性を理解している地域では起きにくいのです。

ところが、水を切実に必要としているのは、開発途上国の貧しい人々や弱者が中心であり、現実的な食料確保の必要性、収入格差、水源に対する知識・認識不足などが、水泥棒になるきっかけとなっていると考えられています。

エジプトの豊かさの象徴ナイル川の水争い

エジプト文明を興し支えたナイル川。時代は変わってもナイル川が流域の住民たちの生活に直接的に関係している点は変わりません。

ナイル川の水利権を巡っては、上流に位置するエチオピアと下流に位置するエジプトやスーダンとの間で長年水争いが続いてきました。2020年、エチオピアは自国の水力電力確保を目的としたダムを建設し、エジプトの同意なく貯水をはじめるとして二国間に緊張が走りました。

エジプトは水需要の97%をナイル川に頼っているという報告もあり、その依存率は非常に高くなっています。エジプトにとってナイル川の水は古代から引き続き、重要な生活の要です。そんな状況下、上流にできた巨大なダムの影響は計り知れません。首都部の人口が急激に増加し、GDP成長率も上り調子のエジプトとしては、このままでは、経済発展のストッパーとなってしまうと危機感を持ち、国際機関や欧米諸国の支援をえて両国間での協議が義務化されたものの、対立は続いています。

さらに進む水不足と引き起こされる不安

ナイル川のような超大河川だけでなく、大小水源を巡る似たような水利権争いは世界各地で起きています。そのほとんどが、国のインフラとしての水の重要性が高くなったことによる、水確保を巡るもの。

人口増加は主に後進国で爆発的に進んでいます。それとリンクする形で、後進国では農業開発も急激に進んでいます。そして、必要になるのは水。不足するのも水。

これまで以上の水が必要になった時、どこから水を手に入れればいいのでしょうか。以前のように井戸を掘るだけでは追いつかないスピードで水の必要性は高まっていきます。必要な水を求める戦いは、時には水泥棒という形で、また時には国際紛争にもつながりかねない規模の利権争いとして、今も世界各地で続いています。

まとめとして

自国にある水源で水を賄えるとされる国は世界に20余り。日本もそこに含まれます。ただ、世界には200近い国があります。全体の1割しか水の完全自給が行えていないことになります。

私たちは、水に恵まれた国で生まれ育ったことで水が貴重な資源であることに気づかずにいます。ところが、世界規模では水不足に拍車がかかっています。どうすれば、その拍車の回転スピードを落とすことができるのでしょうか。

たとえば、私たちが日常的に水道から必要以上に水を流していることから考えてみましょう。水の再浄化のためエネルギーロスが発生していること、それが地球温暖化にもつながっていること、それらが当たり前の水がない世界を作っていくかもしれないこと、それらを知り、行動すべき時がきているのではないでしょうか。

平和ボケ大国日本で生まれ育ったことで水が貴重な資源であることに気づかずにいます。ところが、世界規模では水不足に拍車がかかっていること、そして私たちが水道から必要以上に水を流していることで、エネルギーロスが発生していること、それが地球温暖化にもつながっていること、それらが当たり前の水がない世界を作ってしまうかもしれないこと、それらを知るべき時がきているのではないでしょうか。

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