旅先での出会い~カンボジア 少数民族 クメール人の暮らしを体験!

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カンボジア人口では90%近くをしめますが、タイ・ラオス・ベトナムなど国境を接する国の中では少数民族。さらに、世界的に見れば、十分少数民族の一つとして見られています。

クメールとは、今のカンボジアエリアに6世紀にあった王朝の名。あの世界遺産アンコール・ワットを築き、カンボジアに大繁栄時代をもたらした民族をクメール人と呼びます。

クメール人にはどこへ行けば会えるの?

カンボジアに行けば、10人に9人の確率で会うことができます。たしかにクメール人です。でも、あくまで少数民族としてのクメール人に出会うのが目的ならば、ラオスのクメール人や、メコンデルタと呼ばれるメコン川下流の南ベトナムを訪れるといいでしょう。

クメール人はどんな生活をしているの?

クメール人は過去の歴史の中では、ヒンドゥー教を信じ、その文化を生活に取り込んでいましたが、その後のアンコール朝全盛期には、仏教文化を中心とした生活へと移っていきます。

現在のカンボジアはその流れを正しく受け継ぐ仏教国。国民の大半が仏教徒であり、温和な性質で「和」を大切にする協調性のある生活を送っています。

日本やタイのように、仏教をその生活基盤に持つ国民は「微笑み」の民だといわれることがあります。これ、仏教徒以外にとって、微笑みの理由が理解できず、「アジアの不思議さ」「仏教徒の不思議さ」として認識されていることもあります。

仏教徒であるカンボジア人たちが常に柔らかく微笑むのは、相手を認めることで自分を認めてもらおうという意思表示の一つ。彼らは、認め合い助け合う社会を形成してきました。

ただ、長く続いた近代の戦いの歴史は、彼らの心にも生活にも大きく影響を残しました。内戦の話、歴史や政治が絡んだ話題は原則としてタブー。また、カンボジアという国や国民を批判するような発言にも非常に敏感です。

クメール人は何を食べているの?

クメール(カンボジア)料理の店は、多国籍レストランが多い日本であっても、なかなか見かけません。

タイと近いから激辛? ベトナムに近いからあっさり? カンボジアはどちらかというとベトナムより。チリやパクチーよりも、野菜やハーブなどを使ったあっさりさっぱり。でも、コクのある料理が多めです。

アジアには必ずその地域の魚醤があるといわれます。日本のしょっつる、タイのナンプラーなどなど。カンボジアにもこれに似た立ち位置の調味料があります。生魚の塩漬けの練り物でプラホックと呼ばれるペーストは、日本でいうと塩辛に近いかも。これを、醤油や味噌のような使い方でさまざまな料理を味付けます。

アジアの定番として麺とカレーはクメール料理でも欠かせません。麺はやはりベトナムのフォーに似たクイテイウがおすすめ。でも、その透き通った汁はなんと豚骨ベース。塩豚骨ハーブ風味なのです。

カレーはココナッツを使ったまろやかなものが多く、煮込むのではなく、蒸し煮で作るという特徴があります。さらに一般家庭では、カレー麺も人気。ココナツカレーに米のかわりに麺をサーブするだけのこともあれば、プラホックと水で伸ばしてスープカレー麺にすることも。

どれも、食欲をそそりますね。

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クメール人ってどんな服装をしているの?

クメール文化は織物文化といわれるほど、美しい織物を生み出してきました。少し固い織りのかすりの布をサロンにしたり、パンタロンのようにうまく巻き付けたりと、一枚の布を使った着こなしが基本。

普段はサロンとして胸元と腰に巻くだけですが、冠婚葬祭などのイベント時には、より長い布を使ってサロンのように腰に巻いた後、布の先を股下に通してニッカボッカズボンのようにする正装もあります。

さらに、錦糸を織り込む技術も素晴らしく、民族衣装には金糸銀糸の入った、日本の和装の帯のように華やかなものがたくさんあります。現代では、祭りの踊り子さんや花嫁さん、または民族衣装を制服にしている一部の高級ホテルやレストランの職員以外は着ることがありませんが、赤と黄色と金色を組み合わせたゴージャスな民族衣装は、アンコール時代のクメールの繁栄を想像させます。

クメール人の仕事は何を?

古くは、狩猟採集民族だったといわれるクメール人ですが、カンボジアの平原へと南下してきたことで、稲作農業へと生活の中心を移しました。

クメール人の主産業は農業。それも米作りです。ところが、過去の内戦などを通じて、水田の多くが荒れ、中には地雷原になってしまった場所もあります。今でも、立ち入ることのできない農地があるといいます。

カンボジアは今、クメール時代の米文化を取り戻そうと、農業インフラに大きく力を入れています。カンボジアからは多くのクメール人たちが日本へと最先端の農業技術を学び来ていますし、日本からも技術協力や人材派遣が行われています。

クメール人の恋愛事情と結婚事情について

早婚の傾向が強く、20代半ばに独身でいると、いきおくれ感があるほど。また、恋愛はとても大切なことであり、恋愛するということは結婚を、恋人になるということは結婚相手として見ることを意味します。

恋愛に対して非常にまじめなところは、仏教文化が影響していると考えられます。また、貞操観念がとても強いのも特徴の一つ。婚前交渉や同棲などは、もってのほか。ただ、近年は徐々に自由恋愛の風潮も広まりつつあるようです。

クメール人のイベント・祭りについて

農業や仏教を大切にする国や民族にとって大切な「お正月」。クメール人にもクメール正月があり、人々は実家のある田舎へと帰省し、お寺参りをして過ごします。母の味ともいえる正月料理を楽しみにするクメール人も多いそうです。

民族大移動のように誰もがどこかへと移動していくため、この時期のカンボジアの店はどこも休業。街は閑散としてしまいます。変わって繁盛するのが、お寺。特に地方の寺では、この時とばかりに、きれいに飾られた寺で、多くの祝い事が行われます。

また、田植えの時期の祭り、精霊祭り(お盆)など、日本と本当によく似た祭りごとが多く、驚きます。

ただ、これは日本にはありません。「水祭り」は、カンボジアでもっとも盛り上がるイベントで、漁業の神様を祀り、豊漁を祈ります。ロングボートを使ったレースが有名で、友人や職場などの仲間と力を合わせてこぐ船で、優勝を目指します。

クメール人の民族的な由来は?

7世紀に興ったカンボジア王国がクメール人によるカンボジア国家のスタート考えられています。それ以前は、タイやベトナムの山岳地帯で、狩猟と採集を生活の糧としながら、転々と移動生活をしていたとされますが、安定した生活を求めて、カンボジアの平原へと下ってきました。

彼らは水田文化で力をつけ、12世紀にはアンコール朝のもと、全盛期を迎えて、アンコール・ワットなどの後世に伝わる偉大な文化を残しました。

まとめとして

カンボジア内戦という闘いは終わりましたが、クメール人たちの闘いはまだ終わっていません。

文化も水田も住まいもすべてが荒廃し尽くしてしまったカンボジアでは、失ったものを再興するのに非常な努力と月日、そして経済力を必要としています。

ポルポト派によって、クメール文化の多くの有形無形の文化財が破壊されました。伝統文化の担い手の数も非常に少なくなってしまいました。一部には、廃れてしまったといわれる文化もありますが、カンボジアは今、国内・国民だけでなく、世界各地からの援助を受けて、失った文化を取り戻すべき、さまざまな活動を続けています。

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