決意 – 私たちが旅人になるまでの物語

東日本大震災の年、僕らは絶望的な状況に立たされていた。

震災によって会社の売り上げは前年度の4/1までに下がり、経営能力のない僕は多額の税金滞納と借金によって実質会社を破綻させた。

22才の時に起業してからその時まで約十年間、幾度も困難はあったけど、家族と会社を守り抜いてきた。だけどこの時ばかりは本当に無理だと思った。

だけど、チャレンジスピリットだけはまだ残っていた。会社が破綻しても、金が無くても、何かもう一度でかい事をやりたい。

そんな思いと葛藤していた。

分岐点

探検家や冒険家を夢見ていた少年が、大人になり小さな二人の娘を連れてバックパッカーで世界中を旅する物語。

想像を現実に変えたのは、当時の分岐点に立たされた時でした。

嫁と結婚したのは二十歳だった。当時塗装工の職人をやりながら、家賃4万円のアパートに住んでいた。我武者羅に働いていたけど、若さゆえに金はなかった。

このまま、金に苦しみながら、ペンキとシンナーまみれになって老いぼれていくと思っていた。

長女のyuiが結婚して半年で生まれた。おかげでますます金は無くなった。米も買えなくて、酒も無くて調理酒を飲み始めた時は、僕らの家族はいったいこの先どうなってしまうのかと本気で考えていた。

そんなある日、務めていたペンキ屋に新人が入ってきた。そしてその彼の姿を見て僕は大きなショックを受けた。

見る限り彼の年齢はとうに60才を過ぎている。シンナーで前歯は全部抜け落ちていたし、刷毛を持つ右手は仕事中もブルブル震えている。

話す言葉はろれつが回ってなくて日常会話もままならない。

それに、彼の弁当は毎日380円ののり弁だった。おそらく当時20才そこそこの僕より安い日当を貰ってるだろう。

そんな彼を見て、未来の自分の姿を見たような気がした。そして「僕は将来絶対にこうはなりたくない!」って思った。

そして、その日を境に僕は変わった。

机に座るだけでアレルギーが出るほど嫌いだった勉強だったが、起業を決意して、その日から勉強を始めた。

仕事から帰ってきてクタクタで眠いはずなのに、我も忘れて勉強していた。

何かに憑りつかれたかのように、来る日も来る日も経営とビジネスの勉強をつづけた。

そして、独立して大金を手に入れてやる!っと毎晩叫んでいた。

勉強のおかげで金を稼ぐ自信が出来た、そして起業を決意してから半年後には役所に書類を提出して個人事業主となった。

業務内容はインターネット事業。

当時、まだダイヤルアップ接続の時代。yahoo!とかはもうメジャーになっていたけど、今みたいに無限にインターネット上に情報があふれている時代ではなかった。

右も左もわからない僕だったから、今思えばインチキくさい仕事だった。だけどそ金がなければ家族を食わすことができない。きれいごとばっかりでは仕事はできないと思っていた。

それから、仕事は軌道に乗り、二年後の2006年11月10日に年商8千万円を超え、めでたく法人化した。

大きな金を掴んで、東京湾でクルーザーを乗り回していた。毎月600万円の小遣いがあった。財布の中にはいつも100万円単位の札束が入っていた。

それから釣り船屋を始めたり、化粧品を販売したり、輸入古物をやったり、仲間とズボンを作ったり色々な商売を成功させた。

だけど僕はいつも悩んでいた、自分が本当にやりたいことって、いったい何なんだ?…ということを。

金はあったけど、それは本当に自分がしたい生き方ではなかった。

金が無い時代本当に辛かった。だから独立してからは金を失う事は死を意味するほどつらい事だと考えていた。

だから迷いはいつもあったけど、今の生活を守ってきた。よい服を着るため、うまい飯を食うため、よい車に乗るため、大きな船に乗るため、立派な家に住むために。

そんな生活を守るため10年近く会社を守り続けていた。

だけど、東日本大震災は僕が守ってきたものを、いとも簡単にぶち壊してくれた。

あっけなかった。一瞬にしてほとんど何もなくなってしまった。

いつも最悪の事を想定して仕事に取り組んできた。だけど、震災は完全に想定外だった。震災当日から二か月であらゆる支払いの目途が立たなくなった。

その時は不幸だと思った。死のうとも思った。

絶望的な状況だった。

だけど、人は絶望的な状況に立たされると凄まじく変わることができる。独立を決意した日もそうだ、米も酒も買えなくなって、自分の未来を思い知らされ、まさに絶望していた。

だけど、今思えばあの分岐点に立たされた日は人生で最も幸運な日だったのだとわかる。あの日が無ければまだ僕はペンキ屋だったかもしれない。

今日もあの日と同じだ、こういう時こそ最大のチャンスだ。

そう考えるようにした。

幸運にも震災の影響を受けてから仕事が無くなり、僕は生き方を本気で考え直す時間を手に入れた。仕事とお金は無いけど、時間は余るほどあった。

これはチャンスだ。人生二度目の分岐点だ。

それまでの僕は、今の人生がこのまま死ぬまで続くものだと本気で信じていたし、どこかに迷いがあっても今の生活が一番幸せだ、と自分に言い聞かせて生きてきた。

どんなに迷いがあっても、今の生活を守るのが当たり前だ。そう言い聞かせていた。

だけど、守り続けてきたものはあっけなく無くなった。ならば一から出なおそう。

この機会に迷いながら生きる人生を変えよう。迷いをすべて取り払い、本当に自分の好きと思える生き方をしよう。

そう決意した。

そして悩んだ。来る日も来る日も悩んだ。僕はいったい何がしたいんだ?僕はいったい何がほしいんだ?…ということを。

そして、僕が出した答えは「自由な旅人」になる事だった。

僕が本当に欲しいものは、よい服でもない、よい車でもない、立派な家でもない。

僕が今本当に欲しいもの、それは旅人という生き方だ。愛する家族と共に世界中を旅して生きる事だ。

まだ見たことのない風景に感動しながら、まだ出会っていない世界中の人とハグをしながら、旅路でいろんなことに感動して泣いたり、笑ったりしながら、広大な地球をキャンパスにして、僕らの人生という名の作品を描いていく。

よし、僕は旅人になる。一度僕は変わることができた、絶望的な状況から這い上がることができた。

だから、もう一度やれるはずだ。旅人になろう。でかい事をやろう。

もう迷いなんかない。いま思いつく中で、一番でかい事をやろう。

それは世界一周だ。

子供たちを連れて家族全員で世界一周する。仕事は無いから今から考える。

僕ら4人が最低限生きていけるものだけを残し、バックパックに詰めて世界を旅する。

もちろん沢山の壁が立ちはだかっていた。簡単なことではない事くらい分かっていた。

でも僕にはできる、死ぬ気でやってやる、誰に何と言われようと、やってやる。

僕は、少年の頃思い描いていたヒーローになる。世界中をザックひとつで旅する旅人になる。

僕は決意した。

旅を決意したものの、金はなかった。現実問題仕事が無ければ旅には行けない。

だから家族全員で知恵を絞った。

まず初めにやったのは、世界中に苗を植えるという仕事。

僕らの旅路の途中で誰かの苗を植える。これは世界中に緑を増やすという意味もあるけど、僕らに苗を託した誰かが、いつか世界を旅して自分の植えた苗の成長した姿を見る事が出来るという夢のある話でもある。

注文がいくつか入った、まだ家族全員で旅を続けるほどのお金にはならなかったけど、一歩前進だ。

あとは僕が今まで培ってきたインターネット知識を生かして、旅で得たものや感動を世界中の人々に配信してみようと考えた。それがどれくらいのお金になるかは分からなかったけど、もう決めたことだ。

旅人になるという事は旅を人生の中心にするという事だ。それは旅を仕事にするという意味でもある。

旅人になると決めたからには、これをやるしかないんだ。

僕にはできる、死ぬ気でやってやる、僕は旅人になるんだ。

僕にはできる、死ぬ気でやってやる、僕は旅人になるんだ。

何度も心の中で叫んだ。

それから、車、家財など財産すべてを売却して中国行の片道チケットを買った。

家もなくなったから、売れないものはすべて捨てた。その時はほんと丸裸だった。

こうするしか方法がなかった、全てを捨てないと挑戦できなかった。

僕らに残されていたのは、思い出のアルバムが入った数箱の段ボールと家族四人分のバックパックだけだった。

でも爽快だった。単純に気持ちよかった。

そして僕らは旅に出た。無期限無帰国で世界一周という目標を掲げて。

約7年旅して、いろいろな事を考えて、あきらめかけてしまった時もあったけど、今こうして再び旅に出ている。

家族全員が旅を愛し、旅に感謝している。

旅から学んだものは計り知れない。旅が無ければ今の僕らはなかった。

旅を人生の中心にして生きる事。それが今の僕らの生き方だ。

あの分岐点に立たされた時、僕は変わることができた。忘れかけていたものを思い出すことができた。

本当にやりたいことを見つけることができた。

もう迷わない。

僕が本当に欲しいものは、よい服でもない、よい車でもない、立派な家でもない。

僕が今本当に欲しいもの、それは旅人という生き方だ。

・・・・・

 

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神崎竜馬

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